人名用漢字の新字旧字

「浚」は常用平易か(最終回)

筆者:
2013年4月4日

平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申し、9月27日の戸籍法施行規則改正で、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。しかし、この488字の中に、第2水準漢字は、やはり37字しか含まれていませんでした。

第2水準漢字をたった37字しか追加しなかったために、その後、日本各地で起こった人名用漢字に関する家事審判は、主に第2水準漢字に対するものとなりました。平成18~20年には、第2水準漢字の「穹」が争われ、結局、平成21年4月30日に、法務省は「穹」を人名用漢字に追加しました。平成20~22年には、第2水準漢字の「玻」が争われました。平成23年には、第2水準漢字の「巫」が争われました。もちろん、これらは氷山の一角で、もっともっと多くの人名用漢字に関する家事審判が、第2水準漢字に対して争われているのです。

では、第2水準漢字の「浚」は、どうなったのでしょう。平成24年12月7日、東京高等裁判所は、さいたま家庭裁判所の原審判を取り消し、さいたま市南区長の抗告を認容しました。決定書を見てみましょう。

平成16年改正後の漢字使用の実態を調査した「漢字出現頻度数調査(3)」においても,「浚」は出現順位3743位(出現回数103)と,調査対象が拡大したにもかかわらず,平成16年改正の際に活用された「漢字出現頻度数調査(2)」における状況と比べて変化していないことが認められることを併せ考えれば,「浚」につき,平成16年改正当時において,インターネット,テレビ等映像など出版物以外の媒体を通じて,すでに,一般的に平成16年改正で追加された488字と同等程度に認識されていたと認めるとか,平成16年改正以後の時代の推移や国民意識の変化等により,社会通念上,明らかに常用平易であると認められるようになったと認めることはできないし,また,その他,現時点において,常用平易であるとすべき事由も認められないというべきである。

東京高等裁判所は、「浚」を「常用平易」だと認めなかったのです。両親の「逆転敗訴」でした。最高裁判所への許可抗告も、東京高等裁判所は認めませんでした。結局、裁判所は、平成16年の人名用漢字部会が撒いた「第2水準漢字への冷遇」の呪縛から、逃れられませんでした。

第1水準漢字の方が第2水準漢字より「常用平易」である、という誤解は、世間に蔓延しています。この誤解は、もちろん、昭和52年以前の当用漢字や人名用漢字に限って言えば、あながち間違いでもないのです。でも、その他の漢字に関しては、たとえば地名については、第1水準漢字は都道府県郡市区町村を主に、第2水準漢字はいわゆる小地名を主に収録しています。「珂」が第1水準漢字なのは、山口県玖珂郡玖珂町(平成18年3月20日消滅)を書くためですし、「泪」が第2水準漢字なのは、東京都の「泪橋」を書くためです。「浚」が第2水準漢字なのは、八戸市の「風浚」を書くためです。

頻度とか「常用平易」性とかで、第1水準漢字と第2水準漢字が分かれているわけではなく、昭和52年時点での行政の都合のために分けていたに過ぎないのです。「珂」も「泪」も「浚」も、その地名が身近な人にとっては、それぞれに「常用平易」な漢字のはずなのに、なぜ第1水準漢字の「珂」だけが子供の名づけに使えて、第2水準漢字の「泪」や「浚」は子供の名づけに使えないのでしょうか。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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編集部から

4回にわたって「人名用漢字の新字旧字」の特別編を掲載しました。好評発売中の単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もお引き立てのほどよろしくお願いいたします。「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載中です。