ドイツ語の名詞には文法上の性(Genus)があり、男性名詞・女性名詞・中性名詞の3種類に分類される。人間や動物を表す名詞の性は、一般に自然界における性に従うが、事物や概念を表す名詞も男・女・中のいずれかの性を割り振られている。たとえば、Löffel「スプーン」は男性、Gabel「フォーク」は女性、Messer「ナイフ」は中性といった具合である。文法上の性を持たない我々には奇妙に思えるが、ヨーロッパの多くの言語には同様のカテゴリーがある。ただ、ドイツ人でも性を間違える場合があり、地方によって性が異なる単語もある。
特に外来語に関しては、性の扱いが微妙なケースが多い。ラテン語やフランス語のように性の区別がある言語から受け入れた外来語は、原語における性を引き継ぐことが可能である(例外も少なくない)が、英語や日本語のように性のない言語から借用した場合、新たに性を付与する必要が生じる。その際、性はどのようにして決められるのであろうか。
まず、その外来語に近い意味の既存語の性を引き当てるということ(類推)が考えられる。たとえば、日本語から来たSake「酒」は、Wein「ワイン」が男性なので、それに倣って男性名詞となった。この類推作用は思いのほか強く、Grappa「グラッパ(ワインの絞りかすで作る蒸留酒)」は、もとのイタリア語では女性名詞であるにもかかわらず、ドイツ語ではSchnaps「シュナップス(蒸留酒)」の影響でしばしば男性扱いとなる(『クラ独』では男性(女性)と記されている)。
次に、語の形態が拠り所となるケースがある。ドイツ語では、-eあるいは-aで終わる名詞の大半は女性であるので、英語から入ったCola「コーラ」も女性名詞として使われることが多いようだ(『クラ独』では中性(女性)とされている)。日本語からの外来語ではSoja「大豆(<醤油)」やSatsuma「温州みかん」が-aで終わる女性名詞だが、これらはむしろBohne「豆」やMandarine「マンダリン」(いずれも女性)からの類推と見るべきかもしれない。
このようにすべての名詞に性を付与しなければならないのは因果な話だ。特に、新たに外来語が移入されたとき、かなりの混乱が生じうる。その顕著な例がE-Mail「eメール」であろう。この英語系外来語は、当初、女性と中性の2つの性の間を揺らいでいた。最近では、どうやら女性(Post「郵便」からの類推)に落ち着いた観があるが、昨夏、南ドイツのあるホテルから受け取ったメールに“Vielen Dank für Ihr freundliches E-Mail”「ご丁寧なメール有難うございます」という文言を発見した。ここでは中性のE-Mailが健在であった。ちなみにヤフー・ドイツで検索すると、女性・中性と並んで、少数ながら男性(Brief「手紙」の類推?)のE-Mailまで出現する。あまり神経質になる必要はないのかもしれない。