PISAといえば「生きるための知識と技能」である。PISAの結果が発表されるたびに、そういう題名の本が当局から出されることからしても(*)、PISAといえば「生きるための知識と技能」であることがわかる。だから、PISAの読解力についていえば、「生きるための知識と技能」を読解力という観点で測定するということである。平たくいえば「生きるために読む」力のテストということだ。
「生きるために読む」とは、どういうことか? ここでPISAの高級な部分のみ取り出せば、「テキストをクリティカルに読むことによって、よりよく生きる」というようなことになり、「クリティカル・リーディングが必要だ」というようなことになる。だが、PISAは高級な部分ばかりではない。いまやPISAの参加国は70を超え、OECD外の参加国のほうが多くなっている。そういった国々の中には、求人情報や製品情報をきちんと読めるかどうかが「生きる力」と直結しているところも少なくない。
ここで「きちんと読める」という曖昧な書きかたをすると、大きな誤解を招く恐れがある。「きちんと読める」レベルは、国によって大きく異なるからだ。日本では考えられないほど低いレベル――「低いレベル」という言いかたは適切ではないかもしれない。言いかえるならば「サバイバル・レベル」?――で「きちんと読める」かどうかを試さなければならない国も数多く存在するのである。そして、そういう国もPISAに積極的に参加していたりする。よって、PISAにもそのレベルの問題が出題されていたりする。そして、そういう問題の全体に占める割合が、決して低くなかったりするのである。
サバイバル・レベルの読解問題とは、一般的には次のようなものだ。
たとえば牛乳のパッケージが課題文だったとしよう。サバイバル・レベルの場合、牛乳のパッケージのように、身の回りにあるもので何らかの情報の取り出せるもの、そして情報の取り扱いようによっては多少の危険やリスクをともなうものが使われる。
まずは「この製品は何ですか?」を聞かねばならぬ。牛乳のパッケージなのだから牛乳に決まっているなどと考えてはならぬ。製品名が「牛さんのおくりもの」だったりすると、製品が何なのか迷う人がいるかもしれぬ。製品情報の「原材料:生乳」というところきちんと見て、適切に「推論」しなければならぬ。
牛乳を買う場合、やはり「消費期限」や「賞味期限」を見なければなるまい。ということは、読解問題においても、「消費期限」や「賞味期限」について聞かなければなるまい。ここで聞くべきことは多い。「消費期限」や「賞味期限」は何を意味するのか? どう違うのか? 「消費期限4月30日」と書いてあったら、具体的に何をどうしなければならないのか? そもそも、なぜ「消費期限」や「賞味期限」が表示されているのか?
このあたり、自由記述で答えるとなると、なかなか難しいものもある。だから、サバイバル・レベルの読解問題では、まず間違いなく多肢選択式の課題になる。
〆の課題としては、たとえば「この製品を買ったら腐っていました。どうしたらよいですか?」というようなもの。実際には、もう少し具体的に聞く。「電話をする場合、どこに(どの番号に)電話したらよいですか?」「製品を取りかえてもらうためには、何をしなければなりませんか?」など。製品情報のところには、製品に問題があった場合の対処法について書いてあるので、そこをきちんと読めるかどうかを問うのである。
PISAの読解力における「生きるための知識と技能」の底辺は、ざっとこのようなものである。もちろん、日本の国語教育の新たな方向性を見出していくのなら、底辺を見てもあまり意味はないかもしれない。だが、いわゆる「PISA型読解力」が、時としてコケオドシのように機能している現状を見るにつけ、その実態を知ることは必要だろう。
* * *
(*) 『生きるための知識と技能』『生きるための知識と技能2』『生きるための知識と技能3』国立教育政策研究所編/ぎょうせい2002・2004・2007