「宅老所(たくろうじょ)」という施設を知っていますか。『三省堂国語辞典 第六版』の新規項目のひとつです。ご存じない向きには、語釈を見てもらいましょう。
〈認知症(ニンチショウ)などの高齢者(コウレイシャ)を・日中(短期間)受け入れて介護(カイゴ)する、民間の施設(シセツ)。多くは、民家を改造したもの。〉
つまり、デイサービス(日帰り介護)などを行う施設ですが、そうまとめてしまっては不正確です。宅老所の特長は、一般の民家を借り受けたりして使っている点にあります。
辞書をつくる上では、「託老所」か「宅老所」かという表記が問題になります。新聞記事では、1980年代から90年代の初めにかけて両方の表記が登場し、固有名詞にも使われています。ただ、この施設が全国に広まったのは、1991年に福岡市にできた「宅老所」での取り組みがきっかけでした。古い週刊誌の記事にはこうあります。
〈「託児所の『託』ではありません。ここを自宅のように思って過ごしてほしい。そんな思いを『宅』の字に込めているのです」/民間デイサービスの草分け「宅老所よりあい」の下村恵美子さんは、そう話す。〉(『週刊朝日』1996.9.27 グラビア)
「まるで自宅のような所」というのが特に大事な点らしく思われます。いったい、どんな様子の所なのでしょうか。宅老所はまだ大都市には少ないのですが、そのひとつ、東京都下の宅老所を見学させていただきました。
行ってみると、ごくふつうの住宅で、見学というよりも、知り合いの家におじゃましたという感じです。居間では、数人のお年寄りが集まって、昔の写真を見せっこしたり、職員の方とトランプ遊びをしたりして過ごしています。認知症の進んだお年寄りが集まっているそうですが、ふつうに会話して笑っている様子からは、そのことは分かりません。
代表の方のお話では、認知症のお年寄りは昔に返っているので、ご当人が昔住んでいた家に近い雰囲気のある民家で過ごしてもらうのが一番だということです。入浴や食事などのサービスはありますが、決まったプログラムはありません。その日によって、皆で散歩に出かけたり、部屋でゲームをしたりして、のんびりと過ごすのだそうです。
いわば、認知症などのお年寄りに、家庭の雰囲気を提供する施設といえるでしょう。『三国』での表記は[宅老所・託老所]としてありますが、この順番がよさそうです。