(短期集中連載)「いちかっこ」「いちまる」の広がり

「いちかっこ」「いちまる」の広がり その3

筆者:
2024年8月29日

電話番号の②の読み方

ところで電話の市外局番を書くときにも、丸付き数字を使って、②のように書くことがある。読者に問いたいが、手書きで自分で書いたことはあるだろうか? 筆者は書いた覚えがない。国立民族学博物館(民博)の梅棹忠夫データで、名刺に手書きの縦書きで「自宅 電㊺六七八九」のように書き足してあるのを見た(番号は架空)。戦後1963年のものだが、局番であることを示すのに丸を使ったという確たる証拠である。

では、(2)や②の付く電話番号を(電話などで)人に伝えるときは、どう読むだろうか?「(2)4789」「②4789」だとしたら「にの よんななはちきゅう」のように読むだろう。せっかくかっこや丸の付いた数字を使ったのに、読み上げでは無視する。そういえば箇条書きの②も、「まるに」と読んだり、単に「に」と読んだりする。

実は電話番号の②は関東大震災のあと、東京の電話網の抜本的な復旧の際に、局名でなく局番を普及させた段階で広がった。(2)(二)とも書いたが、活字の字数が増えることと、まぎらわしいことから、算用数字2の丸付き数字に替わった。

丸付き数字は、電話網が発達した関西にも広がったが、1961年に東京の局番が3桁になり、東京では活字の世界から遠ざかった。しかし1970年代に、②六七八九のような書き方が全国に広がった。さらに市外局番を添えるようになり、地方では012③4567のような書き方が使われた。東海地方では012<34>5678のように山括弧を使う書き方も現れた。

しかしその後012-34-5678のような二つハイフンが全国に広がった。郵便番号が3桁から7桁になり、アラビア数字で123-3100のように書くようになったのと時期が一致する。その後電話の局番が長くなり、市外局番に吸い込まれて、0123-4-5678から012-34-5678になり、さらに01-234-5678のようになり、局番に丸数字は使いにくくなり、今は二つハイフンが当たり前である。

0120で始まる番号の後半の区切り方は多様である。-221000(架空)とするか、-22-1000とするか、-221-000とするか、-22-10-00とするかは、唱え方と記憶の仕方で、経済効果が違うことから、選んでいるらしい。携帯電話番号の090-や080-で始まる番号では、090-1234-5678のように4桁ごとに区切ることもあるが、(かつての市外局番と違って)電話をかける動作には関係ない。電話番号の丸付きやかっこ付きの書き方は、もう昔話である。

どう読み上げるかは、文書で知るのは難しいが、放送などで確認できる。日本語では電話番号のハイフンは「の」と読むと思っていたが、音声でポーズを置くだけが多いようだ。一般人が黒電(いえ電)の番号を読むときには、「の」を入れるだろうか。通販コマーシャルで、0120-22-1000(架空)を「ゼロイチニイゼロ、ニイニイノイッセンバン」と叫ぶのを聞くことがある。記憶に残りやすいように配慮しているのだろう。

数字や記号の読み上げ方は、記録に残りにくい。辞書や日本語教科書でも扱わないことがある。街角の言語景観としての電話番号は、国により時期により多様なので、研究が進んでいるが、視覚情報だけでなく、聴覚情報も入れると、さらに考察が広がり、深まる。

箇条書き

昔は、箇条書きにするときは、数字の「一」を並べるだけだった。街角の高札は江戸時代の浮世絵などに景観として描かれており、博物館・資料館などに実物が展示してあるが、箇条書きは数字の「一」を並べてある。明治政府の「五箇条の御誓文」でも、漢数字の「一」を並べるだけで、二、三のような通し番号にはしていない。どう読んだかの証拠は文字に記さないから残りにくいが、記憶によると「ひとつ」・・・・「ひとつ」・・・・「ひとつ」・・・・と和語(やまとことば)で読んでいた。

その後箇条書きに順番を付けて、「一、二、三・・・」と書くことが多くなり、読み方は漢語の「いち、に、さん、し(よん)」だった。

日本語は漢字の読み方が、音読みと訓読みがあり、その中にも多種類あるので、振り仮名が発達した。しかし数字には振り仮名を付けない。だから数字をどう読んだか、分からないことがあるが、10年ほど前からセンター試験の監督の読み上げ文に「理科①(まるいち)」のようにふりがなが付いた。しかし話題が広がりすぎるので、ここでは略する。

学問的位置づけ

なぜ山形県で「いちかっこ」が広がったのか、手がかりがつかめた。加藤大鶴氏の見つけた片括弧 1) が有力な手がかりだ。学術論文で章立てに使うこともあるらしいが、当時、原稿の読み合わせのときにどう読んでいただろう。

このテーマは、日本語史の研究(書記史)の一部だし、地域差があるから、方言学の研究対象でもある。文字論は、日本では漢字を主な研究対象にするが、表意文字の典型としての数字も、それに隣接する記号も、記号論の対象として興味を引く。古文書学の文字の研究範囲に入るし、言語景観研究の対象でもある。外来語や外来発音と並んで、近代日本社会の西欧化・グローバル化の象徴でもある。

加藤大鶴氏によると、「同僚の方から、そんなつまんないことやってどうするの、というようなことを言われて、そこでなんだか意気消沈して調査を辞めてしまった」そうである。これを読んで、思わず吹き出してしまった。大上段にふりかぶって天下国家を論じるわけでもないので、そんな否定的見方もできるだろう。しかし文字(かっこなどの記号)の書き方の変化(近代化)と読み方の地域差発生、さらに学校教育(師範学校)の偉大な力を実証する動きが、見えたわけだ。

「いちかっこ」が今インターネットやマスコミで話題になっていることを知ったら、「つまんないこと」と言った加藤大鶴氏の元同僚は、今どう言うだろう。

筆者プロフィール

井上史雄 ( いのうえ・ふみお)

東京外国語大学名誉教授。明海大学名誉教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。

履歴・業績

https://innowayf.net/

http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/

英語論文

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/

「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

みなさんは、「(1)」「①」をどのように読んでいるでしょうか? 

ネットやテレビなどメディアで話題になっている山形県に特有の読み方について、井上史雄先生の方言調査結果も含めた3回にわたる短期集中連載です。