大学の出張で、初めての佐賀に向かう。新宿での仕事を終えて、大江戸線に乗る。電車の中で、
九卅を食す!
と、早くも九州らしい漢字を九州のラーメン店の車内広告で発見した。「州」が書きやすい「卅」と筆字風で記されているのである。頻用されるのに書きにくい字体に対して、筆記経済が優先された。それは、「三十」として使うことがめっきり減ったためでもあり、意識上は衝突も起こらない。そうこうしていると、乗り過ごし、さらに生麦駅で人身事故との放送が入る。間が悪いのは生まれつきだが、不注意と重なると事態は暗転する。困ったものだ。
時間に余裕があったため、なんとか飛行場へ到着できた。羽田はやはり近い。そこで機内食が出ないと聞き、空港内で軽くおやつを食べておく。そこからは、佐賀空港行きは、搭乗口が一番遠いのではないか。隣県の福岡行きとは搭乗口が違うのだそうだ。近くで、鹿児島行き飛行機は、鹿児島空港が悪天候のため、羽田に引き返す可能性があると放送が入る。大丈夫だろうか、との心配もよそに、無事にフライトできた。
有明佐賀空港では、「手荷物受取所」の韓国語表記が、そのままこの6字を韓国語で音読みにしたハングルとなっている。「到着」に相当する中国語の「到達」は、簡体字と繁体字とで表示されている。ここでは上海便があるそうだ。
一歩空港を出ると、まるで弥生時代のような水田の風景が広がる。
シュガーロードと呼ばれる道路では、名物の小城(おぎ)羊羹の筆字風の看板が並ぶ。「羊羹」の「羹」は「羮」より「」が多い。これは、各地の羊羹の表示に頻出するのに、字書に載らない字体なのだが、そもそも一般にはどれもきちんと字体認識がなされていないせいか、むしろ横線をさまで細くさせなくとも書けて、しかもバランス良く見えるようだ。
「月極駐車場」のほうは5,6回は見た。一方、地方都市に見られる「月決駐車場」は2,3回と、私の足かけ三日間の接触頻度は半分程度だった。講演会場でも「月極」をホワイトボードに書いてみたところ、フロアからはご来客の中のやや年配の方々から「つきぎめ」の声が挙がった。
夜遅くに、玄界灘の新鮮な魚を用いたスシを頂いた。佐賀は、スシについては「寿司」「寿し」の優勢な地である。以前、タウンページでその比率を調べた結果、店名では「鮨」が17%しかなく、近畿に色濃く残る「鮓」は1軒もなかった。実際の普通名詞を含めた看板でも、それを実感する。
佐賀ラーメンは、豚骨スープでおいしいが、胡麻やら紅生姜やらの追加のための容器がなかったのは、単にその店の特色によるものだろうか。福岡と同じ、まっすぐな細麺だった。だからだろうか、「ら~めん」「ラ~メン」という関東の縮れ麺の感じが漂う長音符号入りの仮名表記は、目に付かなかった。
また、「饅頭」店は、タウンページでは39軒とも「饅頭」で、「万十」がなかったのだが、それは隣の福岡県と様相を異にしている。個別の事情が反映しているのだろう。「豆腐」店の名には、松江に顕著で、鶯谷の笹乃雪にも伝わる「豆富」が1軒だけ存在していた。路上の「止まれ」の形は、どこでもだいたい同じものが書かれているように思われるのだが、佐賀では、公私いずれの場所でも、微妙に東京のデザインと差があった。こればかりを集めたHPもあり、きっとそこにはこの違いが記録されているのだろうが、これは何に拠って生じる差なのだろう。各地でひな形が異なるのか、字形の好みに差があるなんてことがあれば興味深い。