漢字の現在

第189回 「小豆」が「ただまめ」に?

筆者:
2012年5月29日

「小豆」は学校で習うが、「こまめ」「おまめ」など出るかもと予測されたので、「漢字伝言ゲーム」の問題文に入れ込んでおいた。

 小豆 > あずき > 黒豆 > ただまめ(忠豆)

意外なことに、字体からの転訛まで生じた。「あずき」を「黒豆」と書くと思ってしまい、その「くろまめ」の「黒」の「字が汚くて」、なんだか全く関係のない「忠」にも見えてしまうような形に書かれた。男子が雑に書いた字だった。そのため、まるで幽霊文字のようなそれを受け取った人に「忠」と解釈されるに至った。OCRでの活字の誤入力とは異なる。「契丹文字や女真文字で似たものがあった」と話すと笑いが起こる。これを媒介として、語形まで変えてしまった。


「囀って」は、転写で「(口+車+専)」と微妙に拡張新字体に変えて書いている女子がいた。ほかにも、「(口車専右上に点)」も出た。最初の転写だけでも厄介な字体だ。しかもなかなか読めない。

 つまって

 しばって

 きしって

 ひって

 たかって

後では「ずっころんだ」と読む声も聞こえた。

採点・解説時には、「喰って」の「くって」は、「くらって」だと送り仮名は「喰らって」ともなりそうだが、この読みもあるため正解とした。

「全部、日本語か?」

当然、新規の造語など入れてはいけない。「□って□って」、「何って何って」が分からないと言う。でも、一度誤っても、チームプレーで、あるいは期せずして元に戻ることもありうる。互いに笑い合える仲で、しかも真面目に取り組める環境には相応しいようだ。

「打っ魂消た」は、「ぶったまげた」だが、

 うったまきえた

 うったましいきえた

 だっこんしょうた

などという仮名になった。「うっこんしょうた」は複数出現し、思いつきやすい音訓であることがうかがえる。さらに二転三転していく。

 うっこんしょうた > 宇っ紺紹た > うっあした

 だっこんけした > 抱っ婚消た > だっこんきえた

「おったまげた」で合っているかと、後で聞いてきた。さすがに勘が良いが惜しい。これらは、当て字ではなく、和語に沿った漢字表記である由を伝えると、意外がる。「打つ」の口語での強調形が「ぶつ」だったと説明すると、「麻雀も「ブツ」です」。さすが、今でもこういう「文化」が細々とでも学生の間に残っているが、講義優先は徹底してきた。

「魂」は、「頑」などと混淆したような「(元+鬼)」という、ときおり現れる字体で書かれていても、きちんと通じていた。

苦し紛れで次へとつないでいくところも面白い。漢字に直せないところをそのままひらがなで書いたり、二つ書いたり(後で加えただけかもしれないが)、「?」を付けて回したのもあった。これらはいけないので、次からの注意点としよう。用紙も、2種類、あらかじめ枠などを印刷したものを準備しておくと良さそうだ。

自分の担当部分が終わった後に、ケータイという「文明の利器」で、「囀る」の答えを導き出した女子も、「打っ魂消る」は出てこないため、「文明の利器も所詮ここまで」と嘆く。

「当て字」という声があちこちから口々に聞こえた。「私が当て読みしてる」「私が当て読みしたの」と繰り返し話す女子の声。どこで変わったのか、原因を探ってみると、「追求されるとは」と男子の苦悶の声。いや、こうした変化は、生身の人間というもの自体を反映している。

2問で、解説まで込みで1時間くらいを要した。もう一つ考えてあったが、残りは次回の夏合宿で、というといつもとは違って、「えーっ」という反応だった。これは、思いのほか楽しかったそうだ。今日はここまでと言うと珍しくも拍手まで起こるくらい好評だった。懇親会のときにやればめちゃめちゃになっていくことが目に見えており、無理だ。早朝にもきついが、頭の体操にもなり、目が覚めるかもしれない。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。