旧字の「卒」は常用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。でも、新字の「卆」は、子供の名づけに使えません。新字の方が出生届に書けないなんて、どうしてなのでしょう。
昭和23年1月1日の戸籍法改正時点では、 当用漢字表には旧字の「卒」が収録されていました。また、当用漢字表には「碎」「粹」「醉」も収録されていて、いずれも旧字でした。この時点では、「卒」「碎」「粹」「醉」は、旧字しか出生届に書けなかったのです。これに対し、昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、「砕」「粋」「酔」は新字になったのに、「卒」は旧字のまま残されました。新字の「卆」は字体のバランスが悪く、活字のデザインが難しいと考えられたので、旧字の「卒」のまま残すことになったのです。この結果、「碎・砕」「粹・粋」「醉・酔」は、旧字も新字も出生届に書いてOKとなりました。旧字の「卒」も出生届に書いてOKでしたが、しかし、新字の「卆」はダメでした。新字の「卆」は、当用漢字表にも当用漢字字体表にも含まれていなかったからです。
昭和38年10月11日、国語審議会はこれまでの国語政策についてを報告しました。この報告の中で国語審議会は、当用漢字字体表のさらなる改善に触れていました。旧字の「卒」の代わりに、新字の「卆」を採用した方が、むしろ漢字を広く生かすことができる、と言うのです。しかしこの問題は、委員の中にも賛否両論があって、なかなか審議が進みませんでした。昭和52年1月21日、国語審議会は新漢字表試案を発表しますが、字体の簡略化をさらに押し進めるかどうかは、委員の中でも意見にまだ揺れがあったのです。
そこで文化庁は、昭和52年8月に、国語に関する世論調査をおこないました。「国民のことばについての意識を主として、漢字を中心に調査し、今後の施策の参考とする」ためのもので、全国20歳以上の10000人が対象でした。この世論調査の中に、以下の設問が含まれていました。
あなたは,ふだん文字を書く時,「そつぎょう」については,どちらを書くことが多いでしょうか。
- 「卒業」
- 「卆業」
- わからない
結果は、「卒業」68%、「卆業」28%、わからない4%、でした。この調査結果を受けて国語審議会は議論を進め、新字の「卆」に変えるより旧字の「卒」のままでいこう、という結論に落ち着きました。
昭和56年10月1日、常用漢字表が内閣告示されましたが、旧字の「卒」はそのまま残され、新字の「卆」には変更されませんでした。それが現在も続いていて、旧字の「卒」は出生届に書いてOKですが、新字の「卆」はダメなのです。