人名用漢字の新字旧字

韓国の人名用漢字は違憲か合憲か(第3回)

筆者:
2016年9月8日

第2回からつづく)

韓国の人名用漢字は、最初から8142字だったわけではありません。この点について決定文は、以下のように述べています。

「人名用漢字」が当初導入された時点では「漢文教育用基礎漢字」を含め合計2,731字が「人名用漢字」に指定されていたが、その後9回にわたる規則改正で「人名用漢字」の範囲がどんどん拡大し、現在は合計8,142字が「人名用漢字」に指定されている。

ただ、「その後9回にわたる規則改正」という部分については、筆者は疑問を感じます。筆者が調べた限り、人名用漢字に関する大法院規則の改正は、以下のようになっているからです。

規則番号 官報公示日 収録字数 施行日
第1137号 1990年12月31日 2731字 (施行されず)
第1159号 1991年3月29日 2915字 1991年4月1日
第1312号 1994年7月11日 3025字 1994年9月1日
第1484号 1997年12月2日 3124字 1998年1月1日
第1680号 2001年1月4日 4879字 2001年1月4日
第1848号 2003年9月17日 4875字 2003年10月20日
第1911号 2004年10月18日 5034字 2005年1月1日
第2069号 2007年2月15日 5174字 2007年2月15日
第2119号 2007年11月28日 5172字 2008年1月1日
第2181号 2008年6月5日 5176字 2008年6月5日
第2263号 2009年12月31日 5454字 2010年3月1日
第2470号 2013年6月5日 5761字 2013年7月1日
第2577号 2014年12月30日 8142字 2015年1月1日

1990年12月31日改正の大法院規則第1137号では、翌1月1日に予定されていた人名用漢字の施行が延期され、その次の大法院規則第1159号が1991年4月1日に施行されて、人名用漢字2915字が導入されました。その後、どうみても11回の改正がおこなわれて、現在の8142字に至っているのです。まあ、収録字数が減った改正(重複字を削除)が2回ほどあるので、それを数えたくないのかもしれません。

ここで決定文は、大きく2つに分かれます。「人名用漢字は合憲である」と主張する合憲派と、「人名用漢字は違憲である」と主張する違憲派とに分かれるのです。実際には、合憲派の意見は「法廷意見」として、違憲派の意見は「反対意見」として、それぞれまとめて書かれているのですが、ここでは、それぞれの意見をぶつけあう形で見ていくことにしましょう。合憲派は、以下のように主張します。

漢字は、その数が膨大で、その範囲が不明で、一般国民がこれを全部読んで使うには困難がある。審判対象条項は、名に通常使われない難しい漢字を使う場合、誤読あるいは誤字などによって当事者と利害関係人が被る不便を解消し、家族関係登録業務が電算化されるにあたり、名に使われる漢字は電算システムで全て表現されなければならない点を考慮して、名に使える漢字を通常使われる漢字に制限したのであるから、その立法目的の正当性および手段の適合性が認められる。

これに対し、違憲派がいきなり噛みつきます。

審判対象条項は、1990年12月31日戸籍法改正で初めて導入されたもので、それ以前は、子の名に使える漢字の範囲には何の制限も無かった。したがって沿革的に見ても、漢字の数が膨大でその範囲が不明だという事実から、通常使われない難しい漢字を名に書けないよう制限せねばならないという結論が、導き出されるわけではない。

韓国の人名用漢字は、実際には3ヶ月遅れで1991年4月1日から開始されたのですが、それ以前は、子の名づけに使える漢字に制限はありませんでした。日本に比べると、韓国の人名用漢字による制限は、ごく最近はじまったものなのです。

第4回につづく)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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