西先生、「学術」の詳しい検討に着手し、まずは「学」について検討したのでした。続いて「術」が論じられます。
Art is a system of rules serving to facilitate the performance of certain actions. 原語の如く何事にても、實事上に於て其理を究め、如何〔に〕してか容易く仕遂へきと工夫を爲す之を術と云ふ。
(「百學連環」第4段落第1~2文)
「学」の説明と同じように、他の書物からの引用と思われる英文があります。併せて訳してみます。
「「術」とは規則を組織立てたものであり、ある行為の遂行を容易にすることに役立つものだ」。この言葉のように、なにごとであれ、実際にその〔事柄に通底する〕理を究め、その事をいっそう容易に成し遂げられるように工夫することを「術」というのである。
英文には、「学」の場合と同じように、単語の左側に日本語が添えられています。それをまとめておきましょう。
system 組立
serving 用立
facilitate 容易にするコト
performance 仕遂
certain 或
actions 働キ
(ただし、原文で「コト」は合字表記=「ヿ」U+30FF)
systemを「システム」と音写すれば、なんだかよく分からないまま使われてしまいもしますが、「組立」という訳語は、語義からしてもなるほどという選択です。現代語訳では、ちょっとこなれませんが「組織立てる」としてみました。気分としては、「手順を整える」、「秩序立てる」という感じでもあります。なにかを為すときに、まずこうして、次にああして……と段取りするような感じです。
さて、このくだりでは「術(art)」の説明がなされています。指摘されていること自体に理解しづらいところはないと思います(もちろん、気になるところがあれば、大いに躓きましょう!)。「術」というものは、なにかを為す際に、その事柄についてよく知り抜いた上で、うまく為し遂げられるよう工夫することだというわけですね。
例えば、それこそなんでもよいのですが、調理という術で考えてみましょうか。調理する食材や調味料がどんなもので、どういった性質を持っているのか。あるいは包丁や鍋やフライパンといった調理道具はそれぞれどんなふうに用いるとよいか。さらには焼く、煮る、蒸す、炒める、揚げるといった操作ではなにが起きるのか。調理には、こうした知識が(それなりに)必要です。よく弁えずにやると、焦がしてしまったり、おいしくないものができてしまったりします。
また、なにかを作ろうと思ったら、手順が大切です。例えば、小松菜を炒めようと思えばどうするか。適度な大きさに切り分け、フライパンに油を引いて温めて、固い茎のほうから炒め、葉は後から入れる、などなど、まさに調理は一連の手順から成り立っています。
加えて言えば、知識だけあってもダメで、知識を活かしながら調理の手順自体をうまく行えなければなりません。こんなふうに具体例に置き換えてみると、「術」についてなされた説明は腑に落ちます。他にも自分が経験したことのある術を例にしてみると、さらに理解が深まることでしょう。
講義の文章に戻ります。英文のruleという語が「理(ことわり)」と訳されていますね。「物理」や「心理」という場合の「理」に通じる用法です。朱子学でいう「理気」をも連想させます。ごくおおまかに言うと、「理」は万物に通底する原理(と書いて気づきましたがここにも「理」が入っています)、「気」は物質や現象という見立てでした。現象は、そのつど多種多様ですが、そうした多種多様な現象に共通する規則や原理を「理」と見るということです。
理を踏まえた上で、為そうとしている事柄をいっそううまく進められるようにする、ということですから、「術」では、知ることを前提として、行うことが重視されていることが、ここから分かります。
例によって、いま見ている「甲本」の同じ箇所を「乙本」で見てみると、文面はほとんど同じですが、欄外にこう書かれています。
物に就て行ふに規則の次第順序あるもの
本文で説明した「術」を、もっと手短にまとめ直してみたというわけですね。
ところで、もう一つ気になるのは、この英文がどこから持ってこられたものかということです。「学」の説明は、ハミルトン卿からの引用でした。「術」の説明もそうだと言いたいところですが、これは調べてみると別の書物に見える文章です。次回、このことを探ってみることにしましょう。