ゲルマン語以外の言語に由来するドイツの地名にはラテン系言語の他にはスラブ系言語に由来するものがある。これらの地名の中には、前回の場合とは反対に、本来はkによる表記でなくともc, chによって書かれることがある。
ザクセン州にあるKamenzカーメンツはレッシングの生まれた町であるが、この地名はスラブ系言語であるソルブ語の「石」を意味する語に由来する。近世にはCamenczという表記もあった。また、第二次世界大戦後、ドイツ民主共和国になってからの1953年からドイツ再統一の1990年までKarl-Marx-Stadtカール=マルクス=シュタットと呼ばれていた、ザクセン州のChemnitzケムニッツもKamenzと語源を同じくするが、ここはchでkの音を表している。この表記は1630年以降であり、それ以前はCameniz, Kameniz, Kemnitzと表記が変わっていった。
ゲルマン語に由来する地名の音[k]はもちろんkで表記する。バルト海に面した港町Kielキールの名前は「楔」を意味する中世低地ドイツ語のkilに由来する。これはKielが、海が陸地に深く入り込んで湾となったフィヨルドに臨んでいるという地形から来ている。
ただ、Kielをcで書かないのはラテン語に由来するものではないという理由だけではなく、前回のKehlもそうであるが、ci, ceのcは[k]ではなく、[ts]の音になるからである。ニーダーザクセン州にCelleツェレという町がある。この町の名前は「柄杓、池」を意味する中世ドイツ語のkelleに由来する。これだとCelleをcではなく、kで書いてもよさそうであるが、低地ドイツ語ではiやeの前のkは[ts]の音になるからであり、そのことがcによって表されているのである。
[ts]の音はドイツ語ではzで表記するのがふつうである。モーゼル河畔一帯はワインの一大産地であるが、その中流にZellツェルという町がある。ここにはワイン醸造と関係の深い修道院があったので、Zellという地名は「貯蔵室、居室」を意味するラテン語のcellaに由来すると考えられている。また実際に、中世ではCellaと表記されていた。