次の例は,インターネット上に公開されているインタビューから採りました(//www.wmstyle.jp/archives/2004/12/03_165725.php;2013年7月19日確認)。このデータには編集の手が入っている可能性が高いですが,サクセスストーリーの語り方にシンデレラ型と汗と涙型の2種類がかかわることを考えるのには,問題ないかと思います。
洋菓子店を営む語り手の活躍は,「女性店長のシンデレラストーリーは楽天でも伝説化されています」と紹介されています。この「シンデレラストーリー」ということばは,その後に続く話し手の語り方を予見しているようです。
(74) 語り手: 会社員経験もなく主婦になったので,夫が経営する代官山のフランス料理店で,アルバイトしようと思ったんです。たまたまパティシエがインフルエンザになったので,その座に滑り込み(笑)自慢のフレンチトーストを作ったんです。プライド高いシェフの逆鱗にふれたんだけど,ソースを工夫してお店に出したら,大好評。1週間だけという約束だったのが,たまたま雑誌のHanakoにも取り上げられたりして,じゃあ「継続するしかないじゃない」ということでズルズルと,というか,計略どおりに人気定番メニューに。今度はパンペルデュという商品を出店で売っていたら,お客さんに渡すまで時間がかかるので,自然と行列ができるんです。それで,「行列ができる店」ということで,メディアにとりあげられて。 聞き手: なんか本当に不思議なくらいとんとん拍子ですね 語り手: そうなんです。「次のステップはデパートに出店だね,どうやったら出店できるんだろう?」なんて話してたら,まるで壁に耳があるように,某有名デパートの人が催事への出展依頼をしてきて。ほんと,驚きました。また,それが売れてしまって。なんか,助けてほしいと思っていると,どこからか助けてくれる人が現れるんですよね。不思議と。
(74) からシンデレラ的要素を抽出してみましょう。受け身的なシンデレラが幸運にも魔法の助けによって舞踏会に参加できた,という筋立てにかかわる要素です。赤字にした部分に注目ください。まず,「たまたま」「自然と」「売れてしまって」というように,事態の展開が偶然であるかのように語られます。偶然が強調されるのと平行して,自発的な意図を含む表現が少なくなります。事実,「継続するしかない」や「ズルズルと」という表現は,主人公の意図よりも状況の成り行きが優先したことを伝えています。
次に,個々の出来事を結ぶ因果関係が見えにくく,不思議さもしくは魔法的要素が感じられます。「驚きました」「不思議と」そして「まるで壁に耳があるように」という語り手の感想や「不思議なくらい」という聞き手のことばがこれにあたります。主人公ががんばったから成功したという直接的な因果関係が前面に出てこないため,事態の展開を裏付ける動機付けがその分,欠如します。この動機付けの不足を補うように,「不思議」ということばが登場してきます。
さらに,他者の協力が伝えられます。「某有名デパートの人が催事への出展依頼をしてきて」や「助けてほしいと思っていると,どこからか助けてくれる人が現れる」に他者の手助けが明示されています。
このように,語りのそこここにシンデレラストーリーの特徴が見出されます。語り手は,シンデレラの話型に合わせて自分の体験を語っているのです。
語り手のこのような態度は,「不思議なくらいとんとん拍子」という聞き手(インタビュア)のことばにも後押しされています。事実,インタビュアがこの相づちを打ったあとは,それまで少し見出されていた「汗と涙」的要素――下線部の「工夫して」や「計略通りに」;なお,この汗と涙の要素については次回取り上げます――は影を潜めてしまい,先ほどの「不思議」や「まるで壁に耳があるように」といった,シンデレラ的魔法要素が続きます。
語り手は自分ひとりで体験談を語るわけではありません。聞き手の反応や意向は,語り手のことば遣いに大きく影響します。つまり,語り手は,聞き手と協同して物語の糸を紡いでゆくのです。そして (74) では,語り手の成功体験は他力本願型のシンデレラストーリーの基調をまとい語られているのです。
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この回は「汗と涙のシンデレラ―サクセス・ストーリーの語り方」(『言語』37:1, 66-71. 2008.)の内容に加筆修正を加えたものです。