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第60回 シンデレラの計略

筆者:
2013年8月29日

前回は,(74) の成功談が他力本願型のシンデレラストーリーの枠組みにしたがって語られていることを確認しました。その際に気になっていたのは,シンデレラ的ではない表現がいくつか見出せることです。該当部分をもう一度引用します。

(75) 自慢のフレンチトーストを作ったんです。プライド高いシェフの逆鱗にふれたんだけど,ソースを工夫してお店に出したら,大好評。1週間だけという約束だったのが,たまたま雑誌のHanakoにも取り上げられたりして,じゃあ継続するしかないじゃない」ということでズルズルとというか,計略どおりに人気定番メニューに。

偶然や受け身的行為といったシンデレラ的要素(赤字の部分)が伝えられるのと平行して,主人公の苦労・努力・才覚を積極的にたたえる「汗と涙」的な要素(下線部)が見受けられます。

「自慢の」や「大好評」は,語り手のレパートリーや行為を積極的に評価します。「逆鱗にふれた」は成功の前に乗り越えた苦労を語り,「工夫して出したら」は主人公の努力を裏付けます。そして,「計略どおりに」にいたっては,意図的な計画があったことが明かされます。

この「計略」ということばは,およそシンデレラには似つかわしくありません。だから,いきなり「計略どおりに」レストランの人気定番メニューになったとは言えません。そこで,シンデレラストーリーにありがちな受け身的修飾語「ズルズルと」がまず提示されます。その「ズルズルと」は「というか」で訂正され,「計略どおりに」が続きます。つまり,体裁としては「ずるずると」なのですが,本音のところでは「計略どおり」であったというわけです。

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このように,(74) の語りは,全体の基調としてはシンデレラストーリーと呼んで差し支えないものですが,シンデレラの枠組みには収まりきれない異質な要素も含みます。前々回の恋バナ((73))で見たのと同様の,意図と努力が見出されるのです。

そしてこの後に続く体験談は,それまでのシンデレラ的他力本願を脱して,明らかな「汗と涙の物語」へと転じてゆきます。(75) と同様,汗と涙の要素には下線を施してあります。

(76) 語り手: 11月に楽天の担当者が変わったので聞いてみたんです。どうして売れないんですか?って。そしたら「ページが悪い」ってにべもなく言われてしまって。「売れているサイトを研究しろ」と。もう悔しくて悔しくて眠れませんでしたね。結局3日間でサイトを変えました。担当者は「やればできるじゃないか」と言いましたっけ。そして,11月は55万,12月はお歳暮もあって160万売り上げました。翌2002年12月は700万,03年12月は950万,今年の12月は2000万行くんじゃないかな?
  聞き手: 急激な売上げ増加の中での苦労話はありますか?
  語り手: ネットに出店してから2年くらいは1日2時間寝ればいいほうでしたね。平日はベッドでは寝ませんでした。子供が私立に行っていて朝が早いので,ソファで仮眠する毎日。また,常識的なことを全く知らないところがあって,1日千件の注文を全て手書きで伝票処理していました。お店の人たちを集めた勉強会ではじめてそれがいかに常識はずれなことかを知らされて。でも,感心もされましたね。すごいって。実は,この手書きのために,今でも主要なお客さんの名前はほとんど把握しています。もちろん住所とひもづいて。

(76) で語られるのは,(74) と同じ人の同じ成功の経験です。しかも,同じ人に向けて語ります。ですが,語りのスタイルは一変し,語り全体に自信がみなぎります。シンデレラ的要素はもう見当たりません。まるで12時を過ぎて魔法が解けてしまったかのようです。

主人公の苦労と努力は臆することなく披露され(「悔しくて悔しくて眠れません」「1日2時間寝ればいいほう」),主人公が収めた結果と成功は堂々と語られます(「3日間でサイトを変えました」「今年の12月は2000万行く」)。また,主人公の成功ははっきりと目に付くかたちで積極的な評価が伝えられます(「やればできるじゃないか」「感心もされましたね。すごいって」)。

加えて,(74) では失われていた因果律が復活し,語りのなかの行為や出来事を原因と結果でつなぎます。売れないのは「ページが悪い」せいで,3日間で書き換えると売り上げが伸び出します。そして,語り手は「この手書きのために」「お客さんの名前はほとんど把握して」いるのです。もはや「不思議」は必要ありません。

さらに留意すべきは,語りのスタイルが変貌したことを受けて,「苦労話はありますか」と聞き手が水を向けていることです。ここでも話し手と聞き手が協同で語りのスタイルを調整しています。

*

この回は「汗と涙のシンデレラ―サクセス・ストーリーの語り方」(『言語』37:1, 66-71. 2008.)の内容に加筆修正を加えたものです。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

編集部から

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