本年7月1日、『英語談話表現辞典』を刊行いたしました。完成までには長い時間がかかりましたが、幸いなことにその間、類書の出版はなく、国内外通じてはじめてのユニークな辞書となりました。
そのタイトルの決定は最後まで迷いました。いただいた先輩、友人からのコメントのなかにも「談話」よりは「会話」のほうがよかったのではないかとのご意見もありました。「会話」を避けたのは、「英語会話表現辞典」となるとこれまでにたくさん出ている類書と内容が同じであるとの印象を与えるのではないかと思ったからです。それともうひとつ、以前から気にかかっていることがありました。つまり、「会話」とは「二人あるいは少人数で、向かいあって話しあうこと、また、その話」(『広辞苑』)ですが、通例「日本語会話」とは言いません。「英会話」は日本語として定着していますが、その英語、‘English conversation’は使用域が限定されています。たとえば、‘English conversation’をBNCで検索すると5例出てきますが(わずか5例です)、すべて教育にかかわる分野の用例です。以上の2点から、この辞書では「会話」という語を用いませんでした。もっとも、「談話」という語を採用したからといって、上記への十分な回答になっているとは言えませんが、私たちの意図するところを汲み取っていただければ幸いです。
まえがきで、「会話で頻出する表現を取り上げ、それらが用いられる背景となる、種々の語用論的情報を記述した」と書きましたが、今回はこの「語用論的情報」について触れておきたいと思います。
本辞典で「語用論的情報」としている情報にはいろいろなものがあります。たとえば、(1)種々の発話場面にかかわる「言語事象」、(2)談話のはじめ・おわり、疑問文-応答などからなるペア、話の切り上げなどの「談話の構造」、(3)命令・要請・主張などといった「発話行為」、(4)喜び・悲しみ・驚きなどの「発話態度」、(5)皮肉・冗談などの「修辞表現」、などの情報が考えられます。また、「選択制限」として知られている主語や目的語にどのような語句がくるのかという情報もここに入れました。
当初、これらの情報を分けて提示することを念頭においていましたが、このような細分化は学問的には有用としても、一般的な発信者の立場から考えると、必ずしもなくともよいのではないかと考えるようになりました。つまり、話し手はこういった種々の情報を瞬時に判断して発話しているので、かえって一元的に提示するほうがよいと思ったのです。そう考えることで、一般的には「統語的情報」と考えられている「選択制限」に関する情報もやはり「語用論的情報」になりうると判断して、ここに含めることにしたのです。なお、辞書としての新しい試みとして、文脈を補完する情報を用例のはじめに《 》で明示して文脈情報の理解が容易になるようにしたのも「語用論的情報」の一部をなすものです。
次回はこの辞書の語用論的情報について具体的に述べてみたいと思います。