新しい英語語彙指導と辞書 ―新指導要領、CAN-DOリスト、CEFR-Jをふまえて―

(1)英語基本語彙の構造とその重要度/学習指導要領の改訂/コーパスにみる英語基本語彙の構造/会話コーパストップ100の単語の内訳

2014年6月27日

この1~2年ほど、国のさまざまなレベルで英語教育政策の根幹にかかわるような大きな動きがありました。2011年7月に「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策」がとりまとめられ、その提言の1つ目が「生徒に求められる英語力について、その達成状況を把握・検証する」というものでした。ここから国としての学習到達目標をCAN-DOリストの形で設定すること、という提案が明示されて、欧州言語共通参照枠(CEFR)の考え方がクローズアップされ、高校・中学でのCAN-DOリスト作成の流れが生まれてきます。

昨年春には「大学入試にTOEFLを」という国会議員の提言に端を発して、大学入試に代わる4技能テスト導入の可能性が議論され、秋には教育再生実行会議第4次提言で「達成度テスト」という表現で一発勝負の大学受験に代わるシステムの提案がされ、テスト開発会社は4技能テストの構築にしのぎを削っています。

さらに小学校への本格的な英語導入、小中高一貫の到達度指標の構築の必要性などが議論され、日本は現在、国をあげてグローバル人材育成という課題のもと、英語教育を入口・中間・出口のそれぞれで同時に抜本的改革に乗りだそうとしているのです。このような流れの中で、英語教師は何を考え、どう対処していかねばならないのでしょうか?

この連載では、このような激動の時代だからこそ英語教員として確実に理解しておきたい「英語力の本質」について、科学的なデータに基づいて解説をすると同時に、そうした英語力を身につけるための指導を具体的にどうするか、という点を一緒に考えていきたいと思います。

英語基本語彙の構造とその重要度

■■学習指導要領の改訂

新学習指導要領が施行されて、中学校の教科書が2012年度から、高校も2013年度から改訂されました。表1は新学習指導要領の学習語彙に関する資料です。ご覧になればお分かりになるとおり、中学校の学習語彙は900語から1,200語、そして高等学校の場合は最低2,200語だったところから3,000語と、語彙量はかなりアップしています。高等学校の「コミュニケーション英語Ⅰ」、「コミュニケーション英語Ⅱ」、「コミュニケーション英語Ⅲ」では400語、700語、700語と増えていきます。旧学習指導要領の学習語彙を2,200語だとすると、約800語の差があります。

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(表1)

学習語彙増加の背景には、従来の「ゆとり教育」見直しがあり、また福田内閣時代の教育再生懇談会などでの答申で日本の英語にかける時間や教科書の分量の少なさが指摘されたことによります。ただ、これを見た皆さんの印象はどうでしょうか? 900語から1,200語、2,200語から3,000語という増加率はわかっても、その変化が実際どのくらい英語の力を高めるか、自分の教え方がどの程度変わるか、ということについてイメージできるでしょうか? おそらくぼんやりとしかわからない、というのが偽らざるところでしょう。ここでは、私の調査で明らかになった英語基本語彙の重要なポイントをお話ししましょう。

■■コーパスにみる英語基本語彙の構造

英語基本語彙の構造について、図1のような円を使って説明しましょう。まずは中心の100語、それから1,000語と1,200語、そして2,000語という区切りがあります。1,200語は中学終了時、3,000語は高校終了時の区切りであるということを頭に入れてください。実際のところ、新学習指導要領では上限がなくなります。程度を表しているだけで、これ以上学習しても構いません。

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(図1)

では、この最もよく使う100語、1,000語、2,000語、3,000語で何ができるのかということを一緒に考えたいと思います。

■■会話コーパストップ100の単語の内訳

実は英語の語彙というのは基本100語ぐらいで、かなりのことができます。図2を見てください。大量に英語の会話などを集めたデータがあるとします。そして、いろんな場所で話されているものをコンピュータに入れて解析します。1,000万語のデータを集めますと、例えば、異なり語(同じ語が何度出現しても1と数えた語数)が57,000語ぐらいあります。これはかなり多いです。主見出しの数で数えると、『エースクラウン英和辞典第2版』の倍近く、『ウィズダム英和辞典第3版』よりもすこし多いくらいです。

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(図2)

57,000語のトップの100語をとると、どのぐらいになるでしょうか。何とこの1,000万語のデータ全体の7割近く(67%)を占めます。つまり、この100語の働きはすごく、57,000語からなる会話の中で大活躍しているということです。

では、一番よく使う100語はどんな単語でしょうか。主要な動詞20くらいと助動詞、接続詞、代名詞、前置詞、副詞などの機能語、つまり動詞と文法関係を示す単語がほとんどです。面白いことに、名詞と形容詞のような内容語は10語しかありません。すなわち、これら会話データ全体の6~7割を占めるトップ100語は、英語の文の骨組みを作っているということです。まず、この100語の単語をしっかりと使いこなせるということがとても重要です。

この100語を使えているどうかの差は非常に大きいです。これらの100語を使いこなす訓練をきちんとしていなければ、英語ができるようにはなりません。とても大事な部分をおろそかにして、難しい単語の勉強ばかりさせる語彙指導は見直さなければなりません。

(つづく)

筆者プロフィール

投野 由紀夫 ( とうの・ゆきお)

東京外国語大学大学院教授。専門はコーパス言語学、辞書学、第2言語語彙習得。

東京学芸大学大学院修士課程を修了後、東京都立航空高専、東京学芸大学を経て、渡英、ランカスター大学博士課程でコーパス言語学を修める。言語学博士。その後、明海大学をへて現職。
2003年、NHK『100語でスタート!英会話』講師で「コーパスくん」というキャラクターが人気爆発。日本ではじめてコーパス言語学の成果を英会話番組に本格的に応用した。同時に、JACET8000, ALC SVL12000などの語彙表の作成を主導するなどコーパスに基づく英語教材開発を推進。代表的なものに、『コーパス練習帳』、『コーパス1800/3000/4500』(東京書籍)、『エースクラウン英和辞典』(三省堂)、『プログレッシブ英和中辞典第5版』(小学館)など。また学習者コーパス研究では世界的に著名で、JEFLLコーパス、NICT JLEコーパス、ICCIなどのコーパス構築プロジェクトを主導。現在はCEFR-Jという新しい英語到達度指標を開発し、CAN-DOリストとコーパス分析による英語シラバスの科学的構築に関する研究で世界中駆け回っている。International Journal of Lexicography (OUP), Corpora, International Journal of Learner Corpus Research (Benjamins) などの国際学術ジャーナルの編集委員、Lexicography (Springer)の編集長、英語コーパス学会副会長、アジア辞書学会元会長。

編集部から

三省堂では『エースクラウン英和辞典』の編者としておなじみの投野由紀夫先生の連載です。

第2・第4金曜日の午前に掲載する予定です。