シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第二十一回:おしゃれなハンティ① トナカイ毛皮の衣服

筆者:
2019年3月8日

コントラストの強い色の組み合わせで表現した文様

これから数回にわたって、ハンティの装いの文化について紹介したいと思います。寒冷地に暮らす人々の冬の装いといえば、なんといっても毛皮の衣服です。現在では、都市部に行けば、工場製の化学繊維の衣服が手に入るため、寒冷地の人々も毛皮をあまり着用しなくなりました。しかし、ハンティをはじめとする西シベリアの北方少数民族は現在でも日常的に毛皮の衣服を好んで身に着けています。

毛皮は保温性、通気性、防風性、防水性が高いという特徴を持っています。気温マイナス40度のときにスノーモービルで風を受けながら走っても凍えることはありません。ダウンジャケットも暖かいですが、高機能なものでないと、体の蒸気が中にこもり、ダウンが凍ってかえって冷えます。

ハンティは身近な動物の毛皮を利用します。キツネ、ホッキョクギツネ、ウサギ、リス、テン、クズリ等は帽子や外套の襟や袖の装飾に使います。外套やブーツには家畜トナカイの毛皮を使います。家畜トナカイの毛皮には、個体によってさまざまな色や模様があらわれます。白色から黒暗色、赤っぽい茶色等があり、模様も牛のような模様や、小さな斑点、体の一部だけ色が違うもの、というようにひとつとして同じ毛皮はありません。かわって、野生のトナカイの毛皮は灰色でどれも似ています。牛などにも見られるように、野生の動物を家畜化すると、毛皮の色や模様のヴァリエーションが増えるといわれています。ちなみに、この毛皮の模様の多様性のおかげで、牧夫達はそれぞれのトナカイを見分けること(個体識別)ができます。

トナカイの斑点模様とハンティの文様を生かした装飾

ハンティは、いろいろな色と模様の毛皮を組み合わせて外套やブーツを作ります。暗色と白色の毛皮をパッチワークのように縫い合わせて文様を表したり、毛皮と毛皮のあいだにフェルトを挟んで縫いこんだりします。トナカイの毛皮の上に丈夫な布を被せてそれに文様の装飾を施すこともあります。祖母や母から教わる古いハンティの文様を使うだけでなく、個人でオリジナルの文様を創造することも珍しくありません。

ハンティは、グラデーション等のあいまいな色使いをあまり好みません。とくに女性はコントラストの強い色合いの衣服を好みます。トナカイ自身の毛皮の模様では、白地に黒色の斑点・斑模様のもの、あるいは黒地に白色の斑点・班模様がとくに美しいとされ、女性の外套の身ごろに使用します。ハンティの文様を縫いこむ際にも、はっきりとそれが分かるように、白色と暗色の毛皮を使用します。女性たちは、トナカイ自身の毛皮の色や模様と自ら作った文様をどう組み合わせるか、たいへんなこだわりをもって毛皮の装いを楽しんでいます。

フェルトを毛皮の間に挟んで縫い込んだブーツ

ひとことハンティ語

単語:Йэԓ мӑна!
読み方:イエル マナ!
意味:先に行って!
使い方:森を歩くときなどに、誰かに前を行って欲しいときに使います。ちなみに、「Мӑна!(マナ!)」だけですと、「どこかへ行け!」という、相手を追い払うためのかなり強い意味になります。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

今回から待望のファッションの話です!今までの連載の写真を見るたびにハンティの人々の衣装や毛皮の模様がずっと気になっていました。毛皮に施されている文様を見慣れない私たちからすると同じように見えることもありますが、それぞれの写真の文様は全部違うとのことです。大石先生にお聞きしたところ「たぶん写真の文様は、鳥、トナカイ、テン、モミ(木)、「頭」だと思います。作成した人のオリジナルもあります。文様のモチーフは植物や動物、自然現象、精霊などが多いですね。自分で紙で型を作って鉛筆で書いて裁断します。他人(母や姉妹など)のものを紙に写して型紙にしたり、自分で方眼紙の紙にデザインして型紙を作ったりします。」とのことでした。どの文様が何を表しているか考えながら衣装を見るのも楽しいですね。次回の更新は4月12日を予定しています。