歴史で謎解き!フランス語文法

第34回 旅することはつらいこと?: travail(仏)とtravel(英)の語義の変遷

2022年4月15日

ことばの意味は常に変わりゆくもの。何気なく使っていることばも、昔は思いもよらない意味で使われていた……なんてことは、珍しくありません。今日のテーマは、フランス語の travail と英語の travel です。どのような道のりを経て現在の意味にたどり着いたのでしょうか?

 

先生:もう2年以上たつのに、新型コロナウイルスの蔓延が終息しそうな気配がないね。ビジネスや留学目的の海外渡航はできるようにはなっているみたいだけど、観光などで気軽に海外に行けるようになるのはまだまだ時間がかかりそうな感じかな。

 

学生: せっかくフランス語を勉強しているのですから、早くフランス語圏の国や地域に行ってフランス語を使ってみたいのですが……。ところで先生、英語の travel は、フランス語の travail と語形が似ていますよね。 travel は「旅行」、travail は「仕事」で意味は全然違いますが。英語の語彙にはフランス語やラテン語からの借用が多いそうですが、travel はtravail と関係がないのでしょうか?

 

先生: いや英語の travel は、古フランス語の travail が語源だよ。中英語の時代(13世紀後半)にフランス語から借用されたようだね[注1]。もっとも、当時は travel(英)も travail(仏)も、現代語とはかなり違う意味だけどね。

 

学生: 当時はどういう意味だったのですか?

 

先生:travail の語源は中世ラテン語の trepalium(あるいは tripalium)なんだけど、この語は「拷問器具」を意味していた[注2]。trepalium の語要素を分解すると tre は「三本 」tres、palium は「杭」palus だね。ウィキペディアにその想像図が載っていたよ[注3]

 

TripaliumCropped

 

学生:拷問器具ですか! それがどうして「仕事」や「旅行」という意味を示す語になったのでしょうか?

 

先生:名詞の travail は、その動詞形の travailler から派生したんだ。動詞 travailler の語源は、拷問器具の trepalium から派生した俗ラテン語 *tripaliare で「(trepalium で)拷問にかける、苦しめる」という意味だった[注4]

 

学生:travailler が「働く」という意味で使われるようになったのはいつ頃からなんですか?

 

先生:フランス語の travailler が「働く」という意味で使われる用例は13世紀から確認できるのだけれど[注5]、この意味で広く使われるようになったのは16世紀以降だね[注6]。古フランス語では、語源的な意味をひきついで「(肉体的・精神的に)苦しめる、痛めつける」という意味で使われる用例が多数を占めている。また自動詞として「苦しむ」や「疲れる」などの意味でも使われるようになった。

 

学生:中世に「働く」という意味の示す動詞は、他にあったのでしょうか?

 

先生:「働く」という意味では、travailler より ovrer(現代語のouvrer)が使われていたね。ovrer は、古典ラテン語の operari「従事する、働く」に由来する語だよ。

 

学生:辞書を引くと ouvrer には、古い意味で「働く」と載っていますね[注7]

 

先生:ouvrer が「働く」の意味で使われていたのは16世紀頃までで、この意味では travailler に置き換わってしまったんだ。ただ、 現代フランス語でもその過去分詞形は、jour ouvré「就労日」という表現で「働く」と言う意味が維持されている。ouvrer の派生語の ouvrier, -ère「労働者」や ouvrage「作品、仕事」にも、この意味は引き継がれているね[注8]

 

学生: travailler に話を戻しますが、古フランス語では travailler が「旅行する」と言う意味で用いられなかったのですか?

 

先生:古フランス語には「旅行する」という意味の travailler の用例もあるよ。14世紀末の作家ジャン・フロワサール Jean Froissart(1337頃– 1405頃)の文章に次のような用例がある。

« Ils ne firent oncques en leur vie autre chose que travailler de royaume en royaume ».[注9]

「彼らは生きている間ずっと国から国へと旅をしていた」

   旅に出ると疲れるし、とりわけ近代以前の旅は現代の観光旅行とは違って過酷なものだったから、travailler が「旅行する」という意味になったんだろうね。その後、フランス語で「旅行する」という意味の travailler は使われなくなったけれど、英語の travel はこの意味を受け継いでいるんだね[注10]

 

学生:もしかすると英語の trouble も travel と関係がありますか? 旅にはトラブルがつきものですし、語形と意味が似ていますが。

 

先生:いや、trouble の語源はラテン語の turbido「かき回す、混乱させる」で、古フランス語の troubler を経由して英語に入ってきた語だから、travel とは関係ないね。

 

学生:なぜフランス語では「旅行する」という意味で travailler が使われなくなったのでしょうか?

 

先生:「旅行する」という意味では、voyager という語に押しのけられたんだね。その代わりというわけでもないんだろうけど、フランス語では近代以降、travailler は「苦しむ、つらい思いをする」から「働く」という意味で使われることが多くなった。

 

学生:働くことはつらいからですかね?

 

先生:うん、まあつらいよね。楽しいこともないではないけれど。名詞形の travail は、動詞 travailler からの派生語で、中世期には「拷問」、「苦しみ」、「苦痛」、「疲労」といった意味で用いられていた。現代フランス語でも、苦痛に関わる表現で travail のこの意味は残っているよ。たとえば、君は « femme en travail » って表現を聞いたことがあるかな? これ、どういう意味だと思う?

 

学生:「仕事中の女性」ですか?

 

先生:「分娩中の妊婦」を « femme en travail » と言うんだよ。« salle de travail » は「分娩室」のことだね。

 

学生:出産って痛くて、苦しいから、travail なんですね。

 

先生:名詞の travail も動詞の travailler と同じように、近代以降は「仕事」の意味が優勢になっていったんだ。あ、そうそう、英語にも « travail » というフランス語と同じ綴り字の単語があるね。辞書をひいてごらん。

 

学生:あ、ほんとだ。「骨折り、労苦;困難;苦痛」、「陣痛、生みの苦しみ」という語義が記されています[注11]

 

先生:実は英語の travel と travail の2語は、元々もともと同じ語で、この2つは綴り字のバリエーションに過ぎない。現代の英語では、語源に近い意味は travail、派生的な「旅行」の意味は travel という具合に分かれているけれど、語義による綴りの区別が確立したのは18世紀以降なんだ。16世紀末のシェイクスピアの刊本では、この2つの綴りは区別なく使われているよ[注12]

 

学生:フランス語で「旅」と言えば、ぱっと思いつくのは voyage くらいですが、英語では travel の他にも、journey や trip や tour などいろいろありますね。

 

先生:英語の「旅」に関わるこれらの語彙は全部、古フランス語からの借用語だね。ちなみに voyage は英語にもあるよ。英語の voyage は「海・宇宙の長い旅行をさし、時に運命的な旅であることを暗示する」と辞書にあるね[注13]

 

学生:あ、ほんとだ。フランス語の voyage と voyager は、voir と関係がありますか? voir には「(名所などを)見物する」の意味もありますよね。

 

先生:voyage の語源は、ラテン語の viaticum だから、voir とは関係ないね。viaticum は古典ラテン語 では「旅費、路銀」という意味で、「道、街道」を意味する via の派生語だ。中世ラテン語の時代から「旅」という意味での用例はあるけれど、古フランス語では voiageveäge という綴りで「旅程」、「巡礼の旅」、「十字軍遠征」の意味で特に用いられていた。voyager という動詞形の初出は1385年で、名詞の用例よりかなり後だね(名詞形 voiage の初出は1080年)[注14]

 

学生:journey の語源は、journée ですか?

 

先生:そうだね。journée には「1日で移動できる行程」という語義があって、この意味では古フランス語にも用例がある。この語義が英語の journey に引き継がれ、「旅」という意味になったんだね[注15]。英語の trip の語源は、古フランス語の triper「飛ぶ、跳ねる」だけれど、フランス語ではこの語は使われなくなってしまった。英語の trip の最初の用例は14世紀末で古フランス語の語義をそのまま引き継いでいるけれど、これが「軽快な足取りで歩く」(1390)を経て、「旅行する」という意味になったのは17世紀後半になってからだね[注16]

 

学生:現代フランス語の辞書にも trip という語は載っていますが。

 

先生:「(LSD などによる)幻覚症状、トリップ」というやつだね。それは1960年代に英語から逆輸入されたんだ。

 

学生:tour は英語とフランス語は同形ですが、これもフランス語から英語に入った語なのでしょうか?

 

先生:tour は動詞 tourner「回る、回転する」の名詞形で、もともとは「回転」とか「一周」という意味だね。古フランス語の時代に中英語に取り入れられた語彙だけれど、これが「(周遊)旅行」の意味を持つようになったのは17世紀からだ。フランス語ではなく、英語で tour が「旅行」の意味で用いられるようになって、この語義が17世紀末にフランス語に逆輸入されたんだ。tour の派生語の touriste や tourisme は英語からの借用語で、19世紀前半にフランス語として使われるようになった。鉄道などの交通手段やホテルが発達して、快適な観光旅行が一般化するとともに、touriste や tourisme の使用が広がっていったんだ[注17]

 

学生:ああ、早く海外への tourisme が楽しめるようになって欲しいものですね。

 

先生:フランス語が上達すると、フランス旅行の楽しみもより深くなるよ。さあ、海外に行けない今のうちにフランス語を勉強しておこう。travailler には「勉強する」という意味もあるからね。

 

学生:うーん、新型コロナウイルスのせいで、あまりやる気がおきないんですよ。今も昔も、travailler はつらいことですねえ。

 

[注]

  1. 寺澤芳雄編『英語語源辞典』研究社、1997年、p. 1457. art. « travel ».
  2. NIERMEYER, J. F., Mediae latinitatis lexicon minus, Leiden, Brill, 1997, art. « trepalium ».
  3. ManuRoquette, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons
    https://commons.wikimedia.org/wiki/File:TripaliumCropped.png (2022/02/20 available)
  4. REY, Alain, Dictionnaire historique de la langue française, Paris, Le Robert, 2018 [pour le texte du dictionnaire], Diagnoal SAS, 2021[ pour l’application en iOS], art. « travailler ».
  5. « L’un est oisos, l’autre travalle » (Le Besant de Dieu, v. 2893), « Nos avom tote jor travaillé en ta vigne » (Sermons écrits en dialecte poitevin au XIIIe siècle, 42). Cf. Tobler-Lommatzsch, Altfranzösisches Wörterbuch, art. « travaillier ».
  6. GOUGENHEIM, Georges, Les Mots français, t. I, Paris, Picard, 1977 (2e éd.), p. 202.
  7. 天羽均 他編『クラウン仏和辞典 第7版』、三省堂、2015年、art.« ouvrer ».
  8. GOUGENHEIM, op.cit., p. 200.
  9. Ibid., p. 202.
  10. 寺澤芳雄、前掲書、art.« travel ».
  11. 井上永幸、赤野一郎編『ウィズダム英和辞典 第4版』三省堂、2019年、art. « travail ».
  12. 寺澤芳雄、前掲書、同項目。
  13. 『ウィズダム英和辞典 第4版』、art. « trip ».
  14. REY, Alain, op. cit., art. « voyage ».
  15. MATSUMURA, Takeshi, Dictionnaire du français médiéval, Paris, Les Belles Lettres, 2015, art. « jornee ». 寺澤芳雄、前掲書、art. « journey ».
  16. 寺澤芳雄、同書、art. « trip ».
  17. REY, op. cit., art. « tour ».

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検準2級・3級対応 クラウン フランス語単語 中級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

フランス語ってムズカシイ? 覚えることがいっぱいあって、文法は必要以上に煩雑……。

「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

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