第13回の「西洋器械発明者の像」と同様に、西洋の科学技術力に追いつける人材の育成を目当てに出版されたのが5の物理を扱ったシリーズです。殖産興業を進め、国を豊かにするためには、産業革命を成しえた西洋の知識を広く普及させる必要がありました。西洋の輸入書やその翻訳書に書かれた科学的なものの見方を、普段の生活や仕事の場面を例に引くことで、子どもにもわかりやすく教えています。
例えば「陸地の物一ツとして空気の包まざるはなし」の詞書で始まる1枚は、目には見えない空気の存在を説くものですが、これは福澤諭吉が明治元年に出版した『訓蒙窮理図解』(きんもうきゅうりずかい)を参考にしています。
『訓蒙窮理図解』は諭吉が英国と米国の書物から知りえた科学的な知識を、初学者用にかみ砕いて解説したものですが、この中の第二章「空気のこと」に書かれた内容の一部を、錦絵では言い回しをかえて詞書としています。
例えば、絵図中の団扇(うちわ)で風を起こすと盤上の升が動く様子は「風は即ち空気なり 風なきときも団扇にて扇げば風の起らざることなし」の1文を図解したと考えられます。もろ手を挙げて驚く男の子は、西洋の知識に目を見開かされた当時の日本人を、象徴しているようです。
この他の物理図は、梃子(てこ)や滑車、斜面の原理といった力学を教える内容が主で、この中の梃子と斜面を解説した絵図には、開化絵らしく洋装の少年が描かれています。
6の切り取って遊ぶものには、女の子向けに西洋人形の着せ替え図、男の子向けに器械体操図などがあります。1枚の錦絵を図柄に沿って切り抜き、組み立てることで、平面的だったものが三次元的に楽しめるわけですが、この手法は江戸期からのもので、立版古(たてばんこ)の名前で親しまれてきました。器械体操図には、木製の平行棒や馬、鉄棒、吊(つ)り輪など、当時は珍しかった体操風景が外国さながらに描かれています。
これらの錦絵は「当省製本所ニ於テ拂下(はらいさげ)」と布達にあるように、一般の家庭でも入手ができましたが、学校では学習のご褒美として生徒に渡していた事例も残されています。
江戸から明治へ、伝統と開化が入り交じった過渡期の様相を今に伝える錦絵の数々です。