モノが語る明治教育維新

第29回―双六から見えてくる東京小学校事情 (7)

2018年10月9日

西洋をまねて擬洋風の校舎が誕生したのと同様に、ファッションの世界でも和洋折衷の独特な装いが流行しました。双六でも随所に、ユニークな着こなしが見て取れます。

まず、前回ご紹介した雪の日の通学風景を描いた「青海学校」を見てみましょう。

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左の子は股引をはいて着物の裾をからげ、股旅物で見かけるような合羽(カッパ=ここでは、防寒コート)を羽織っています。長靴に見えるものは、おそらくすっぽんと呼ばれる雪中用のわらぐつと思われます。基本は昔ながらのスタイルですが、着物の下にシャツを着て、こぶしの他は腕を見せずにいるところが当世風です。

右の子は、袴に高下駄といった和装でありながら、帽子をかぶり襟巻をし、暖かそうな外套(がいとう)を羽織っています。典型的な和洋混交スタイルですが、この黒の外套はフランス軍人が着用していたマント風の外套をまねて作られたものです。東京ではずいぶん流行していたとのこと。素材も左の子の薄っぺらな合羽とは違い、羅紗(ラシャ)と呼ばれる輸入物の毛織物がいかにも暖かそうです。

明治6年浅草聖天町(現・台東区浅草)に開校した「待乳山(まつちやま)学校」では、小高い丘にある学校へ向かう途中の生徒を描いていますが、右の子は石段を背景にまるでファッションモデルのようなポーズをとっています。絵師としてもここで若者の最新流行を描きとどめておきたかったのでしょう。

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まず帽子。かぶる部分が浅い円筒形で小さなひさしが付いたケピ帽と呼ばれるものです。フランス陸軍が着用していたものを、日本の軍隊や警察でも制帽とし、それが若者の間でブームになっていました。「青海学校」の帽子もこのケピ帽ですし、この他「文海学校」や「中和学校」の男子生徒もかぶっています。

襟巻もまた大ブームで、彼のように二つ折りにしてその端を折口にさしこんだ結び方が当時流行していました(『明治事物起原』)。明治6年の輸入額は襟巻だけでも15万1000円と莫大(ばくだい)でしたが、近代的な紡織機の設備が整わない日本では、綿織物や毛織物は高額な料金を支払って製品として仕入れざるを得なかったのです。冬場の着物は襟もとから冷気が入り込み寒いもの。当時の日本人が暖かなマフラーに飛びついたのもうなずけます。

教授法を記した『小学授業法細記』(明治7年)には、「教場ニ於テ、襟巻、並ニ鳶合羽、着用致ス可カラザル事 但控所ハ、此限ニアラズ」との一文が記されており、生徒の間で襟巻や鳶合羽(とんびガッパ・「青海学校」の外套もこれと見られる)の着用がかなり普及していた様子がうかがわれます。「青海学校」の少年が口もとを覆う、ふんわり柔らかな金通縞の織物も、きっと高級な輸入毛織物でしょう。

こうもり傘も国産品が市場に出回るにはまだ少し早く、絵図中のものは舶来品と思われます。実際に雨が降れば、傘は油紙に包んで自分は濡れて帰る、といった笑い話があるほどの高額商品だったのですが、「待乳山学校」の生徒は、雨が降ってもいないのに差しています。伊達を気取ってのことなのか、日傘代わりなのか、やんちゃな雰囲気がほほえましいです。

靴は明治3年に製靴工場が築地で開業しており、この頃すでに庶民的な履物でした。生徒の間でも洋装は勿論のこと、袴着でも靴を履くといったスタイルが多く見受けられます。

持ち物にもまた注目です。明治期の典型的なスタイルは左の子が小脇に挟んでいるような風呂敷包みです。石盤や教科書といった学用品は、風呂敷に包んで持っていくのが一般的でした。では、右の子が手に持つ赤い巾着袋には一体何が入っているのでしょう? そのふくらみからして勉強道具とは思えず、私にはお弁当のように見えるのですが・・皆さんは何だと思いますか。

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筆者プロフィール

唐澤 るり子 ( からさわ・るりこ)

唐澤富太郎三女 昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。 平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長 唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/ 唐澤富太郎については第1回記事へ。 ※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

『図説 近代百年の教育』

編集部から

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。