新しい英語語彙指導と辞書 ―新指導要領、CAN-DOリスト、CEFR-Jをふまえて―

(6)接する量を増やす/英語に接する量の問題/量が少ないから英語の全体像がつかめない/自分で語彙学習ストラテジーを試し選んでいく

2014年9月8日

前回は教科書の本文に隠れている発信語彙として身につけたい基本単語の使いこなしを,動詞を例にして考えてみました。今回は「受容語彙」を中心に単語の増やし方を考えてみましょう。

接する量を増やす

語彙学習の急所として,「英語に接する量を増やす」「英語の接し方を多様にする」ということが挙げられます。まず何よりも接する量を増やすことが重要です。さて,日本の教科書はほかのアジアの国と比較して,どのくらいの厚さなのか,ご存じでしょうか。図1,2を見てください。図1は異なり語の比較,図2は教科書の本文の総語数の比較です。実際に調べてみると,日本の中学校の教科書は非常に薄いことが分かります。旧学習指導要領の教科書では,異なり語が韓国・台湾・中国の教科書に比べて,2分の1~3分の1です(図1参照)。総テキストサイズでは,何と3分の1~6分の1しかありません(図2参照)。

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(図1)

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(図2)

平成24年4月から中学校学習指導要領が全面実施になりました。これに伴い,外国語教育に関しては,大きな変更点があります。1つは小学校5,6年に週1時間(年間35時間)の「外国語活動」を導入、聞くこと、話すことを中心に指導する,ということが正式に決定,そして中学校では聞く・話す・読む・書く技能を総合的に充実する,という趣旨で週3時間(105時間)から週4時間(140時間)に増加。それに伴って,学習語彙も「900語程度まで」から「1200語程度」と増加しました。特に従来の学習指導要領は語彙の「まで」と語彙の「上限」を設定していたのですが,今回からは上限設定はなくなり,1200語程度という概数を示すに留めました。これによって,検定教科書の語彙数は軒並み増加して,New Horizon, New Crown とも約1500語(固有名詞なども含む)が3年間で導入されています。

しかし,量が増えても教え方が変わらないのは問題です。教え方が変わらないと,量をカバーできないからです。英語教員は従来型のテキストの指導法ではなく,まとまった英語を一定時間内で読み取り,その内容に関してやりとりできるような,量をカバーできる教え方を考えなければなりません。

図3は高等学校の教科書の比較結果を示しています。高等学校の教科書は,量的には韓国とほぼ同じくらいです。語彙量もかなり多いことが分かります。

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(図3)

要約すると,日本の中学校の教科書は薄く,高等学校の教科書では無理矢理一定の語彙レベルに到達させようとして、少ない分量のテキストに詰め込みすぎ、という感じです。これでは、一部の能力の高い生徒しかこなせず,ほとんどの生徒はあまり力をつけずに大学へ進学してしまうでしょう。中学の少ない分量の英語で身につけたか弱い英語の素地と、高校の少ない分量に多くの語彙を詰め込む感じの教科書作りのギャップがあまりに大きいからです。もちろん一部の生徒はこのギャップを他の手段で埋めています。塾や予備校、問題集をたくさんやる、など「接する量」を確保しているのです。しかし大多数の生徒は、あまり基礎力がないまま高校に行き、急に難しくなった教科書でついていけずに、わかったような、わからないような英語の説明を丸暗記して定期考査を受ける、そんな感じで高校でも英語力が伸びずに失敗し、大学に行っても実力的には中学校の英語がよくわかっていない、という学生を大量に生産しているのが現状なのです。

英語に接する量の問題

外国語に接する量に関して,興味深い資料があります(図4)。1970年代の資料ですが,米国の国務省研修生(英語を母語とする人)が外国語を習うのに要する時間をまとめたものです。フランス語・ドイツ語・スペイン語の習得に要する時間と比べて,日本語・朝鮮語・中国語・アラビア語には何と約3倍以上の時間がかかっています。

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(図4)

これを日本人が英語を学ぶことにあてはめると,日本人が英語を勉強して身に付けるのには時間がかかるということが言えます。ところが,中国や韓国が時間をたくさんかけて,量をいっぱいこなしているのに,日本だけが英語に接する量が非常に少ないというのが実情です。何とかこれを変えないといけないというのが,英語教育に携わる多くの者の認識です。その一環として,小学校で英語教育を始められたのだと思います。残念なのは,まだ足並みがそろっていないことです。このまま足並みがそろわず,旧来の思考で英語教育を考えていると,いろいろな弊害が出てくるかもしれません。大学を変えることも必要です。高等教育の英語の教え方が変わらなければ,出口管理ができません。中国では大学を卒業するときに,英語の試験があります。全員が受けなければなりません。級による証明を受けます。日本の大学でも,そのような試験を行った方がよいのかもしれません。

量が少ないから英語の全体像がつかめない

図5はこのような日本人の英語力の典型的なパターンを図示したものです。

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(図5)

正しい英語力は,真ん中(=幹の単語とその使う力)がどんどん伸びていって,裾野(=枝葉の単語)がどんどん広がります。しかし,日本人の英語力は裾野が広がっているようですが,背が伸びない感じです。核になる英語の力がきちんとできていないから,基本語彙があまり使えず,なかなか強くなれません。

自分で語彙学習ストラテジーを試し選んでいく

中学校では英語が週4時間になり,教科書のテキストの量が増えました。自分で調べる力や勉強の仕方を工夫する力が大事になってきます。自分で語彙学習ストラテジーを試し,選んでいかなければなりません。英語教員はいろいろな勉強の方法を紹介して,生徒が自分でつかみとっていくように自学自習の力を育てなければなりません。

新学習指導要領は辞書指導について述べています。中学生の辞書指導は1年生から継続的に行った方がよいと思います。しかし,実際は「辞書はこう使うんだぞ」と1時間ぐらいお印程度の辞書指導をして,あとは何もしないことが多いのではないでしょうか。そのような辞書指導では,生徒が辞書を絶対に引くようにはなりません。1時間の授業の中で必ずどこか1か所,目的を持って辞書を引かせる,ということを英語教員は工夫するべきです。

(つづく)

筆者プロフィール

投野 由紀夫 ( とうの・ゆきお)

東京外国語大学大学院教授。専門はコーパス言語学、辞書学、第2言語語彙習得。

東京学芸大学大学院修士課程を修了後、東京都立航空高専、東京学芸大学を経て、渡英、ランカスター大学博士課程でコーパス言語学を修める。言語学博士。その後、明海大学をへて現職。
2003年、NHK『100語でスタート!英会話』講師で「コーパスくん」というキャラクターが人気爆発。日本ではじめてコーパス言語学の成果を英会話番組に本格的に応用した。同時に、JACET8000, ALC SVL12000などの語彙表の作成を主導するなどコーパスに基づく英語教材開発を推進。代表的なものに、『コーパス練習帳』、『コーパス1800/3000/4500』(東京書籍)、『エースクラウン英和辞典』(三省堂)、『プログレッシブ英和中辞典第5版』(小学館)など。また学習者コーパス研究では世界的に著名で、JEFLLコーパス、NICT JLEコーパス、ICCIなどのコーパス構築プロジェクトを主導。現在はCEFR-Jという新しい英語到達度指標を開発し、CAN-DOリストとコーパス分析による英語シラバスの科学的構築に関する研究で世界中駆け回っている。International Journal of Lexicography (OUP), Corpora, International Journal of Learner Corpus Research (Benjamins) などの国際学術ジャーナルの編集委員、Lexicography (Springer)の編集長、英語コーパス学会副会長、アジア辞書学会元会長。

編集部から

三省堂では『エースクラウン英和辞典』の編者としておなじみの投野由紀夫先生の連載です。

第2・第4金曜日の午前に掲載する予定です。