前回述べた『お嬢様』キャラは、「子供がちやほやされ甘やかされた結果、増長し、わがままに育った」というそれなりの歴史、人生史を持っている。このキャラは『しもべ』を得てさらに成長すればやがて『マダム』キャラに進化するであろう。これを『お嬢様』キャラのタイプ1、わかりやすく『小マダム』としておく。
『お嬢様』キャラには『小マダム』とは別のタイプが存在する。このタイプ(タイプ2)は「子供が皆にかわいがられ、何不自由なく育った」という、『小マダム』とよく似た人生史を持っているが、その結果は『小マダム』とは異なっている。具体的には、おっとりして屈折がなくノーブル、誰に対しても敵愾心を持たない「育ちのいい」タイプ、「あーやっぱり、いいところのお嬢さんは違うよねぇ」などと、折に触れ私たちが感嘆し合うような『深窓令嬢』である。
『小マダム』と『深窓令嬢』は『お嬢様』キャラの2面に過ぎないと考えられるかもしれないが、ここではひとまず『小マダム』と『深窓令嬢』を別キャラとしておきたい。というのは、両者はことばづかいが微妙に違っているからである。たとえば召使いのような下位者に対して「田中、早く私の部屋の掃除をおし!」といったぞんざいな口をきくのは『小マダム』キャラ、「田中さん、部屋のお掃除をお願いします」と丁寧な口をきくのは『深窓令嬢』キャラである。
現実世界に深窓令嬢がいまどきどれほど棲息しているかはわからない。だが、『平安貴族』キャラを例に挙げて述べたように(第14回)、キャラクタとはイメージに基づくものであって、『深窓令嬢』キャラは今なお日本語社会に息づいている。
たとえば、連続ドラマ『富豪刑事』(原作:筒井康隆)で毎回、「たった○○億円ぽっちのために人を殺すなんて」と嘆息していた神戸美和子(深田恭子)は『深窓令嬢』キャラと言ってよいだろう。また、一般に『ぶりっ子』とは「『かわいい子』ぶる子」のことだが、そこで取り繕われる『かわいい子』というものは、セックスに無知であることも含めて生まれ育ちのよい娘だとすれば、これも結局は『深窓令嬢』(の端くれ)ではないか。
『深窓令嬢』がそのまま成長すれば「金はある」「一般常識にうとい」「罪がない」という特徴をもった天然系のかわいいおばさんに進化する。バラエティ番組に出てくる朝丘雪路という人は、これだと言われているらしい。
『お嬢様』キャラが『小マダム』と『深窓令嬢』に二分化しているように、『坊ちゃん』キャラにも似た分化が見て取れる。つまり、わがままで自己中心的な『お山の大将』(タイプ1)、おっとりした穏やかな『王子様』(タイプ2)である。
自分の倫理観に基づいて人を殴って反省しない『坊ちゃん』(原作:夏目漱石)の主人公は、痛快ではあるがもし実在すれば『お山の大将』と言わざるを得ない。『細雪』(第3回)の奥畑がしゃべるスピードをわざと遅くして取り繕っていた(と幸子の目に見えた)のは、関西で言うところの『ええ氏の子』、つまり『王子様』(タイプ2)である。