前回は「受容語彙」を中心に単語の増やし方を考えてみました。最終回は、新しい学習指導要領、新しい英語教育を見据えながら、語彙学習の包括的なアプローチを考えてみましょう。
大きな英語教育改革の方向性
この2,3年の間に、文部科学省や政府がトップダウンで矢継ぎ早に英語教育政策を打ち出しています。その大きな方向は、入口・中間・出口の総合的な改革です。図1を見てください。
入口は小学校への英語教科の正式導入です。現在、英語活動として小5,6年で週1時間(30時間)ですが、これが小3,4年に前倒しされ、5,6年では正式教科として導入されるのがほぼ確実です。出口としては、大学入試改革があります。TOEFL を受験させるという報道に象徴されるように、大学入試センター試験のような一発勝負の入試を撤廃し、高校2-3年の時期に英語検定試験を受けてそのベスト・スコアで勝負する、というものです。と同時にテスト内容を現在のリーディング、リスニングなどの受容技能に偏ったものから、スピーキング、ライティングなどの発表技能も加味するように4技能パフォーマンステスト、という新しい観点を打ち出しています。
さらに小中高の連携の要としては、「CAN-DOリスト」の導入があります。これは「ことばを使って何ができるか」を記した文ですが、従来のバラバラな観点別評価や文法事項の目標ではなく、CAN-DOによる到達目標の設定や評価をすることで、ことばを身につけて使うという側面への意識を高め、これを2020年の次期学習指導要領の一部に組み込む計画があります。
増える学習量、それでも不変のルール
平成24年の学習指導要領の改訂で、中学は3時間から4時間に増え、目標の語彙量も900語から1,200語になりました。高校も「英語で教える」という目標のもと、3,000語という設定になりました。CAN-DOリスト作成のガイドラインが出てから、中高では学校単位、自治体単位で CAN-DOリスト作成が本格化しています。このような状況で、英語教師が生徒に身に着けさせるべき英語力とはどのようなものでしょうか? 接する英語の分量が多くなること自体は大賛成ですが、その増えた英語のテキストをどう扱うか、教師の力量が問われています。今までより分量の多い英語を一定時間で終わらせるためには、いくつかの決断が必要です。
まず、全部いちいち読んで訳すことはせず、黙読して概要をつかむ、という自然なリーディング・スキルを養成します。同時に、テキストの大意を知っている英語で英問英答して「テキストの内容をもとに英語を使わせる機会を与える」ということです。これらのことを達成するには、その素地として、生徒に自分でテキストの内容を調べられる「自学自習の習慣づけ」が重要になってきます。自学自習の三種の神器は、「辞書+文法書+問題集(単語集)」です。取り組むテキストに対して、自分で「意味だけではだめで使いこなしが必要な単語」、「意味だけ知っていればいい単語」、「覚えなくていい単語」の目利きをし、それらの単語の種類に応じた語彙学習ストラテジーを駆使していけるような学習者を育てていければ、おのずと基礎力がしっかりした骨太の英語の土台ができ、4技能の運用能力も飛躍的に伸びるのです。
『エースクラウン英和辞典』の試み
三種の神器の1つ、辞書の編集において、私の1つのチャレンジは「英語の基礎基本を作る基礎語彙にフォーカスした辞書」でした。『エースクラウン英和辞典』はその1つの答えです。会話の7割近くを占める高頻度トップ100語を「フォーカスページ」で特集。高校修了時に最低ここまではできてほしいというエッセンスを提示しました。そして初版では2,000語、5,000語レベルを区切り、2,000語までは活用語彙、5,000語は認識語彙として、テキストで単語を調べたら、2,000語まではチャンクで覚え、5,000語までは1対1で意味だけ覚える、というストラテジーを徹底させるように講習会などで指導しました。『エースクラウン英和辞典第2版』では、それをCAN-DOを意識した CEFR ベースの語彙レベル表示に切り替え、A2レベル(約2,300語)を活用語彙に、B1レベル(約4,400語)、B2レベル(約6,700語)をそれぞれ大学基本・難関レベルとして再定義しました。
『クラウン チャンクで英単語』の開発
辞書指導による単語の目利きと語彙学習ストラテジーの活用は、自立した学習者を育てるのに大変有効でした。しかし、やはりいろいろな学校の実態をお聞きすると、『エースクラウン英和辞典』の思想、言い換えれば私の英語語彙学習の思想を具体化する語彙学習教材が欲しいという声が多くありました。三省堂編集部と協議を重ねた結果、語彙学習プロセスを具体的に助ける「発信語彙力をつけるための教材」、『クラウン チャンクで英単語』を開発することにしました。『エースクラウン英和辞典』で、受容語彙と産出(発信)語彙の違いを明示したら、実際にどのような練習をすればいいのかを具体的に示しています。基本的なコンセプトは図2のようになります。
受容語彙と産出語彙で大別し、前者は「英語→日本語」、後者は「日本語→英語」という方向で意味から形へのマッピングを練習します。特に産出語彙の場合、最初は「単語→チャンク」というフレーズレベルでの発表スキルですが、第2段階として、「チャンク→文→パラグラフ」という、その表現を使うためのより大きな談話構造へのシフトを意図しているところがもう1つのポイントです。
学習プロセスの可視化
『クラウン チャンクで英単語』の学習プロセスは非常に明確です。そのステップは、『エースクラウン英和辞典』で提案した、受容語彙、産出語彙のタイプ別学習法をそのまま活用しているのです:
① 受容語彙:チャンクで意味を確認する
- 単語の意味の確認を自然なフレーズの中でできるか、試してみる(図3参照)
- 英語を見て日本語で意味がいえるか確認
- 意味がわかれば、受容語彙として既知語なので、とばしてよい
- 意味が分からなければ、次の単語レベルでの確認に移る
② 単語を取り出して意味を確認する
- フレーズの意味がわからなければ、その単語を受容語彙として覚えなくてはならない
- 右ページの単語リスト(図4参照)で意味を確認
- 英語⇒日本語、で覚える
③ 単語が日本語の意味から出てくるようにする(産出語彙レベルⅠ)
- 次に一部の産出語彙として特に重視すべき単語は、図4をモードを変えて「日→英」で練習する
④ 単語からフレーズを作れる(産出語彙レベルⅠ)
- 今度は英単語が含まれるチャンクを日本語から英語に出せるかを練習する(図3参照)
- この段階までくれば単語のネットワークや文法知識の活性化も期待できる
⑤ チャンクを埋め込んだ文を作ってみる (産出語彙レベルⅡ)
- 一定量のチャンクを仕込んだら、確認でチャンクから文を作る練習を設けている(図5参照)
- ここでそれぞれ、実際に文レベルでチャンクを使えるかをチェックする
一見、単語集と同じようなページレイアウトですが、『クラウン チャンクで英単語』はチャンク学習を基軸にしている点が特徴で、そこから受容語彙モードに落ちるか、より発展的な産出語彙にステップアップするか、という練習モードの多様化を、できるだけ可視化する工夫をしています。
終わりに
「学問に王道なし」といいますが、英語学習、とりわけ語彙学習はやみくもに量をこなすだけではいけません。100語の土台、2,000語の活用については明確な区切りと方法がありました。つまり「学問に王道あり」ということですねと、三省堂の編集長が言われました。そうかもしれません。そして、その正しい方法に適切な量の反復と実際に使ってみる機会が提供されれば、英語力は確実に使える力として、「ことばを使って何ができるか」という問いに自信をもって答えられるスキルへと育っていくに違いありません。
(了)