国語辞書の語釈のうち、音楽に関する説明に違和感をもつことがよくあります。特に、ポピュラー・ミュージックについては十分でない記述が多いと感じます。辞書の編纂者の趣味が、現代音楽の傾向と必ずしも合わないためもあるかもしれません。
たとえば、「ブルース」について、「アメリカの黒人の哀愁ただよう音楽」というように説明する辞書が少なくありません。『三省堂国語辞典』もその例に漏れず、初版以来〈(ジャズ音楽の)もの悲しい感じの・歌(ダンス曲)。〉としてきました。これでは、もの悲しい感じのジャズソングならばブルースということになります。スローでものういジャズの名曲「サマータイム」も、これに当てはまりそうです。でも、実際は違います。
小川隆夫『ジャズおもしろ雑学事典』を参照しながら述べれば、ブルースは〈12小節で構成された楽曲のこと〉であり、〈ブルーノートと呼ばれる音階がメロディに使われているのも大きな特徴〉です。つまり、決まった形式を持っています。
学校で習う歌には、「春の小川」など、4フレーズ16小節でできたものが多くありますが、ブルースはそれより1フレーズ少なく、しかも半音低いミ・ソ・シの音をメロディにちりばめるブルーノートによってもの悲しい感じを出した音楽です。この定義からすると、淡谷のり子さんの「別れのブルース」など、日本の歌謡曲で「○○ブルース」と名のつくものは、また別の種類の音楽ということになります。
以上のことを語釈に反映させた結果、第六版の「ブルース」は次のようになりました。
〈1 ジャズの もとになった黒人音楽。十二小節が一単位で、もの悲しい感じの曲が多い。2 もの悲しい感じの、日本の歌謡(カヨウ)曲。「別れの―」〉
日本の歌謡曲の「ブルース」を、本来の「ブルース」と分けて説明したのは、『三国 第六版』が初めてでしょう。
『三国 第六版』では「チャチャチャ」「トランス」「ファンク」「リズム・アンド・ブルース」「グルーブ」などなど、音楽名や音楽用語を新しく増やしました。これらの説明を書くときにも、実際とずれた記述にならないように気をつけました。参考書をひもとくばかりでなく、実際に各分野の名盤といわれる録音を聴き比べたりして、音楽の印象を的確に表そうとしました。ポピュラー・ファンにも受け入れられれば、本望です。