三省堂国語辞典のすすめ

その28 お盆をふるさとで…いつ帰ろうか。

筆者:
2008年8月13日
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【ラッシュがピークを…】

8月中旬になると、テレビニュースのトップは決まって帰省の話題になります。〈お盆をふるさとや行楽地で過ごす人たちの帰省ラッシュがピークを迎え……〉というのが決まり文句ですが、この時期に日本全国でいっせいにお盆が行われるわけではありません。

小林信彦『イーストサイド・ワルツ』では、東京生まれの主人公が、8月中旬にホテルが満室なので驚く場面があります。お盆休みの時期だからだと聞いて、彼は納得します。

〈そうだったのか、と私は気づいた。八月十五日といえば、深川祭りのほかに、終戦記念日がある。そこまでは頭の隅にあったが、旧盆を忘れていた。〉(新潮文庫 p.310)

東京では、お盆は7月中旬なので、主人公は8月中旬のお盆を忘れていたのです。

そうかと思えば、落語家の立川志の輔さんは、8月中旬に東京で落語会を行うことになって、〈え、お盆に──〉と、違和感を持ったようです。志の輔さんは富山県の出身です。

〈でもよくよく考えてみれば、東京のお盆は7月なのですね。〉(『毎日新聞』2008.7.25 p.27〔東京面〕)

このように、お盆をいつ行うかについての認識は、出身地によって変わってきます。

【お供え物の野菜の馬】
【お供え物の野菜の馬】

もともと、お盆は旧暦7月15日に行うものでした。新暦が施行されて、東京などでは新暦7月15日に行うようになりましたが、多くの地方ではそのまま旧暦に基づいています。旧暦と新暦との差はだいたい1か月なので、新暦8月15日に行う地方が多いのです(月遅れのお盆)。ただ、厳密には、旧暦7月15日は、新暦では年によって8月上旬から9月上旬の間で変わるため、地方によっては9月にお盆をする年もあります。

こういった事情をすっきり説明したいものです。『三省堂国語辞典』では、従来、「盂蘭盆会(うらぼんえ)」の項目で、〈(陰暦)七月十五日に祖先の霊をまつる、仏教の行事。地方では、一月おくれが多い。〉としていました。正しい記述ですが、陰暦8月に行う地方が多いようにも読めます。第六版では、次のように記述を新しくしました。

〈七月十五日に祖先の霊(レイ)をまつる、仏教の行事。旧暦にもとづくもの〔多く、新暦八月十五日ごろ〕と、新暦のものとがある。(お)ぼん。精霊会(ショウリョウエ)。〉

8月のお盆と、7月のお盆とを並べて説明しました。どの時期にお盆を行う地方の人にも、納得してもらえる説明になったと思います。

【「仏花」も第六版の新語】
【「仏花」も第六版の新語】

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。