大規模英文データ収集・管理術

第7回 「トミイ方式」とは (2)

筆者:
2011年9月12日

(2) 技術翻訳の独習法としての「トミイ方式」

「トミイ方式」は、唯一無二の、技術英語ないしは技術翻訳の「独習法」だと思っています。ただ、それには「継続」という二文字が必須条件になります。データを10点や20点、100点や200点、1,000点や2,000点収集しただけでは、分類もできませんし、分類した結果を学習することもできません。一に継続、二に継続、三、四なくて五に継続、このくらいの気概を持って収集活動を続けていただきたいと思います。

昔、「一粒で二度おいしい」というお菓子のキャッチフレーズを見たことがありますが、「トミイ方式」にも「二度おいしい学習の機会」があります。

○ 最初の機会

最初の学習機会は、英語の原文に目を凝らし、何を収集しようかなという段階です。収集しようとするデータが決まり、それを収集した瞬間にささやかではありますが学習をしたことになります。「トミイ方式」の話をしていると、よく、「何を集めればいいんですか?」と問うてくる人がいます。何を収集するか人に聞くのではなく、「私はあれを集めたい、これを集めたい」という気持ちが先に来なければ最初の1歩の出しようがありません。しかし、そうはいっても、私の出だしのころを思い出してみますと無理のないことです。

筆者の初期のころを思い出すと、欲しい単語や用法や言い回しなど1ページの中に数点しかありませんでした。それはほとんどが、その前に英文を書いたり、和文英訳をしたりしていた時に、適切な言葉や気の利いた言い回しがなくて困った経験のある言葉や言い回しだけでした。たまに、自分には発想のできない簡潔な表現であったりすることもありましたが、ほとんどありませんでした。しかし、だんだん進んでいくと、関心事項がどんどん幅広くなり、さらに深みを増していき、やがては、ページ全体がほとんど欲しいデータで埋め尽くされるようになりました。私は、このことを、当時の受講生には「最初は物を見るも目が細くなっており、大きなものしか見えなかったが、だんだんやっているうちに、目が大きく開いてきて、小さいものでも、かすれたものでも、何でも見えるようになるのと似ています」と説明していました。

ですから、やはり「継続」が大切です。

○ 2つ目の機会

2つ目の学習機会は、収集の数も徐々に増えていき、その増えていった英語の語や句や節などを大分類、中分類、小分類、などに細分するときです。前回(第6回)、収集方法として、大雑把に、次の3つの方法を紹介しました。

1) 辞書添記方法
2) カード使用方法
3) パソコン活用方法

集まったデータの分類という作業では、1) の方法で収集してあるデータは無理ですので 2) か 3) の方法で収集してあるデータに限定されます。さらに、分類しなければならないデータの収集済み点数(または、枚数)の数が少ない時には3) の方法で収集してあるデータでも分類できますが、30点とか50点になると3)によって収集してあるデータではむずかしくなりますので、2)の方法で収集してあるデータ、すなわち、カードに収められているデータを分類することになります。

後で『「トミイ方式」の変遷』――今年の10月の終わりごろの予定――のところで述べますが、筆者は「トミイ方式」の開始直後から10年ほど前にコンピュータ方式を取り入れるまでほとんどのデータをカードに収納してきました。したがって、分類作業は、広い机の上や、座敷の畳の上などで行っていました。

この段階が、実は、技術英語や技術翻訳の学習ができる大きなチャンスなのです。以下に、どのように技術英語や技術翻訳の学習になるかということを、実例を以って紹介したいと思います。

今、大分類が「(3) 表現別」で、その中の中分類「影響」という中に100枚のカードがあったと仮定し、そこから分類を始めることにします。

第1ステップ(小分類):
100枚のカードを小分類してみた結果、「影響」という名詞形が25枚、「影響を及ぼす」という動詞形が40枚、「影響を受ける~」という形容詞形が15枚、「影響を及ぼすことなく」という副詞形が10枚、「悪影響」が10枚あったとします。

第2ステップ
それぞれの小分類を、さらに細分類してみました。
まず25枚の名詞形を細分類してみました。その結果、次のカードがあることがわかりました。

1) 影響(単体) が10枚
2) ―― の影響 が7枚
3) …… への影響 が5枚
4) ―― の …… への影響 が3枚

次に40枚の動詞形を細分類してみました。その時、動詞形の場合には

1) 影響を及ぼす(能動態)
2) 影響を受ける(受動態)

の2つに細分類しなければならないことが分かりました。この2つの細分類を、さらに、それぞれ細々分類してみました。次のような結果が得られました。

1) 影響を及ぼす(能動態)
 a) ―― は …… に影響を及ぼす
 b) ―― は …… に影響は及ぼさない

2) 影響を受ける(受動態)
 a) ―― は …… の影響を受ける
 b) ―― は …… の(によって)影響を受ける
 c) ―― は影響を受けない
 d) ―― は …… の影響を受けない

さらに、「形容詞形」や「副詞形」も細かく分類していかなければなりませんし、さらに英単語によっても極細分類していかなければなりません。英語では名詞形だけでも effect,influence,impactなどがあり、動詞も affect,influence などを使って単純に

―― affect ……
―― influence ……

などと書く表現もありますし、節を使った

an effect that ―― has on ……

という表現もあります。

このように、英語の単語や表現方法などにより極細分類していくと、その表現はおびただしい数になります。

あることを英語で表現する場合、「表現方法を1つ知っていれば、他の表現方法は、とくに覚える必要はない」という考え方があることはあります。しかし、英語というのは、隣接したところや同じパラグラフの中で同じ言葉や表現を繰り返し使うことは、「筆者のインテリジェンスの低さを表す」ものであるという考え方があります。その意味からも、同じことをいうのに、いろいろな表現方法を知っていたほうが「インテリジェンスの低さ」を表さないですみます。これについては、後ほど「分類の構成」の「表現のバリエーション」というセクションで改めて述べます。

同一の項目に、分類するに耐えうるだけの数が集まっていることが前提になりますが、この分類の段階こそが、「トミイ方式」の一番大きな学習の機会です。

○ 3つ目の機会

これは、あえて「機会」と呼ぶほどのものではありませんが、「最初の機会」や「2つ目の機会」が瞬間的な学習の機会であるのに対し、この3つ目の機会は、どちらかというと分類が終わってから、生涯ずっと訪れる継続的な学習の機会です。上に例として挙げた「影響」のみではなく、7つの大分類の中の、分類したすべての言葉、表現、構文、テクニカルライティングの諸ルールなどを、参考書、学習書、文法書、辞書として、毎日、飽くことなく学習することができます。

筆者プロフィール

富井 篤 ( とみい・あつし)

技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。