大規模英文データ収集・管理術

第6回 「トミイ方式」とは (1)

筆者:
2011年8月29日

今回から「トミイ方式」の持つ特性を3回にわたって詳しく述べていきます。

(1) 手作り辞書としての「トミイ方式」

この3回の主テーマは、一言でいうと、「トミイ方式」を通してさまざまな英文データを収集すると、自分の手元にある市販の辞書の足りないところを補うことができる、「自分の」、「自分による」、「自分のための」手作りの辞書を作ることができるということです。

ただし、ここで述べるのは、手作り辞書を作るための方法ではなく、その1つ手前の工程である、「何」を収集していくかという「対象」についてです。単語単位のデータがメインになります。いくつかの例を挙げながら具体的に述べていきます。実際の辞書の作り方については、後ほど詳しく説明します。

「手作り辞書」には、英和辞書と和英辞書があります。これら両者は表裏の関係にあり、1つの英単語について調べたら英和・和英の両方に使える情報が得られます。ここでの記述方法は以下のような形式とします。

a) まず「英単語」を示し、英語の例文を引用しながら辞書に載っていない「訳語」を解説する
b) 次にその「訳語」を手元の英和辞書の該当箇所に書き込む。これは「アクションEJ」として示す
c) a)で例に挙げた「英単語」を手元の和英辞書の該当箇所に書き込む。これは「アクションJE」として示す

本論に入る前に、辞書というものの構成について簡単に触れておきます。例えば、英和辞書の場合でいうならば、原単語(entry word)、発音記号、品詞、意味・訳語(definition)、例文などで構成されています。問題は「意味・訳語」です。「意味」とはその原単語が持つ、文字通り根本の「意味」であり、「訳語」とは、その「意味」の範囲内でそれぞれのシチュエーションごとに与えられる、これも文字通り「訳語」です。英文和訳した和文を見ると、直訳調で、自然な日本語になっていないことがよくあります。それは、辞書の「訳語」だけに頼って翻訳しているからであって、「意味」から逸脱しない範囲内でシチュエーションにあった「訳語」を当てはめればこのようなことは絶対に起きません。

ここでは、収集したデータを、どこに、どのように収納するかについては詳しくは触れませんが、大雑把に、次の3つの方法があります。

1) 辞書添記方法
2) カード使用方法
3) パソコン活用方法

ベストの方法ではありませんが、better than nothing という考え方に徹し、手軽に始められる方法として

1) 辞書添記方法 

を推奨します。これは、辞書の中の上下・左右の空スペースに新しい訳語などを書き込んでいく方法で、すぐに行き詰まりを来たしてしまうものではありますが、元の書物や原稿に赤で傍線を引いておくだけよりははるかに良いので、暫定的な収集方法としてこのやり方を前提に説明を続けます。

それでは、across, figure [figure eight], include および porous の4つの英単語を例に挙げて説明していきます。

across(~を横切って、~の向こう側に、~の全体にわたってなど)+(前後、両端)

注:見出しは、entry word(辞書中の「意味・訳語」)+(新たな「訳語」)を表しています。

次の例文を見てください。

Pressure drop across the connector determines minimum size.

辞書の中の「訳語」を使って直訳した訳文は次のようになります。

コネクタを横切る圧力降下は最小寸法を決める

しかし、across を「~前後の」とし、さらに determines という言葉を若干意訳すると、訳文は次のようになります。

コネクタ前後の圧力降下によって最小寸法が決まってくる (新しい「訳語」は「~前後の」という形容詞形用法)

次の例文を見てみましょう。上で述べたように、across を「~前後で」として訳すと、訳文は次のようになります。

To obtain the flow measurement, the square root is extracted from the differential pressure monitored across the orifice.

オリフィス前後で測定した差圧から 「(新しい「訳語」は「~前後で」という副詞形用法)

すなわち、水やオイルや空気などのように「流体」の場合には「前後」という「訳語」が、辞書には出ていませんが、ぴったりすることが分かります。

次の例文も前置詞 across を使った例です。

However, a high field-discharge resistance results in a high induced voltage across the field winding.

これも、acrossの周辺だけを直訳すると

界磁巻線を横切る高い誘導電圧

となります。across を「~両端の」と訳すと

界磁巻線両端の高い誘導電圧 「(新しい「訳語」は「~両端の」という形容詞形用法)

となります。across を使った英文をもう1つ見てみましょう。

The collector current is 75 times this and the output voltage developed across RL is 3,300 x 75 x v/1,000.
負荷抵抗RL両端に発生する出力電圧 「(新しい「訳語」は「~の両端に」という副詞形用法)

すなわち、電流や電圧などのように「電気」の場合には「~の両端の」とか「~の両端に」などいう言葉を使うのが自然であることが分かります。

アクションEJ:
手元の英和辞書の across の近くの空きスペースに鉛筆かボールペンで小さく「前後」と「両端」を添記する
アクションJE:
手元の和英辞書の「前後」や「両端」の近くの空きスペースに鉛筆かボールペンで小さく across を添記する

figure eight、figure-8-shaped(辞書になし)+(8の字、8の字型の)

技術文において、それほど頻出する言葉ではありませんが、この表現を知っておくと、8以外の言葉にも使えるので便利です。次のような使われ方をしています。

In early versions of the stellarator, the twist was accomplished by actually constructing the tube in the form of a figure eight.

It consists of a conventional core and support member, both of which are enclosed in a figure-8-shaped plastic sheath.

アクションEJ:
英和辞書の figure の近くの空きスペースに小さく「8の字」あるいは「8の字型の」を添記する

アクションJE:
和英辞書の「はちのじ」の場所に figure eight や figure-8-shaped などを添記する

include(含む、包含する、勘定に入れる)+(―― には~がある)

これは非常に頻繁に出てくる言葉ですが、「ある」という「訳語」を載せている辞書はほとんどありません。以下のような例文でよく使われます。

These accessories include fuel and lube-oil pumps, tachometer, and an electric starter generator.

アクションEJ:
英和辞書の include の近くの空きスペースに小さく「ある」を添記する

アクションJE:
和英辞書に「ある」の場所に include を添記する

porous(多孔質の、小穴の多い、窓の多い)+(穴だらけの)

これは、この連載の第2回で、別の切り口で取り上げたものです。英和辞書には「穴だらけ」という意味を載せているものもありますが、ほとんどは載せていません。載せている辞書でも、「穴だらけの守備」というような比喩的用法まで考えているかどうか、ことによると、「穴だらけの紙」とか「穴だらけの靴下」などのような用法かもしれません。したがって、porous defense という言葉で取っておくと、応用範囲が広くなります。

アクションEJ:
英和辞書の porous の近くに小さく「穴だらけの」と添記する

アクションJE:
和英辞書に「穴」の場所に「穴だらけ」という項目を作り、そこに porous と添記する

ここで取り上げたのは4点だけですが、英文を和訳する時、英字新聞や英文雑誌を読んでいる時、さらには原書を調べている時などに、精力的に収集していくと、非常に凝縮度の高いデータがたくさん収集できるはずです。つねに旺盛な意欲をもって収集作業を続けていくことが肝心です。

筆者プロフィール

富井 篤 ( とみい・あつし)

技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。