大規模英文データ収集・管理術

第5回 「トミイ方式」の素晴らしさ(3)

筆者:
2011年8月15日

今回は、「連載を始めるにあたって」の中の最後のセクションとして、3) 発表・制作機能という切り口から見たエピソードを、「前置詞」を例にとってお話しすることにします。

読者の中には、筆者が三省堂から技術英語に関する『前置詞活用辞典』を出版していることはご存じの方がいらっしゃると思います。この本の前身は、1987年に別の出版社から出版した『前置詞の研究』という本です。自慢めいた話をするわけではありませんが、「トミイ方式」を効果的に実践すると、読者の皆さんにとっても、本の出版は、必ずしも夢のように遠いものではなく、その気になりさえすれば、誰にでも実現できるものだということを強調しておきます。

もともとこの本は、1979年1月から12月まで、12回にわたって「工業英語」という月刊誌に連載したものが、翌1980年8月に書籍となって出版されたものです。私が脱サラして技術翻訳の世界に入ったのが1974年8月ですから、雑誌に連載を始めたのは脱サラして4年少々経ってからということになります。連載の準備期間も若干あったので、脱サラ後4年足らずで、「前置詞」の連載を始めたことになります。しかも、連載を始める前には、12か月分の目次もできあがっていましたので、連載をスタートした時点では、12か月先の例文もすべて収集されていたことになり、連載内容すべての章建ても終わっていたわけです。

脱サラしてからは、ほとんど、英文和訳の翻訳をしながら、ひたすら英文データを集めまくりました。しかし、この間、前置詞だけを集めていたわけではありません。大分類、中分類、小分類、細分類、細々分類まで合わせると、末端単位の項目数は何千、何万になりますが、ほとんどすべての末端単位の英文データを、満遍なく集めていたわけです。その中で、「品詞別」という大分類の中の1つに過ぎない「前置詞」という中分類のうちの1つに過ぎない英文データが、わずか数年のうちに連載ができるほどの量で、集まっていたわけです。これは、今考えてみると、奇跡としか思えません。

このように書いてきますと、何か自慢話をしているように聞こえるかもしれません。しかし、私が今ここで力説したいのは、自分の自慢ではなく、わずかこのような短期間の間でも、やる気になってやれば、1冊の本を書くだけの十分なデータが集められるということです。

読者の中には、「そんなこといったって、現代では、すでにあらゆる本が出回っているから、いくら十分な量のデータを集めたとしてしても、今さら自分の出番はない」と思っている方がいるかもしれません。しかし、本なんてものは、切り口を変えれば、同じテーマの本でも何冊でも書くことができます。仮に新しく本を書くことができなくても、ご自分の専門分野のデータを大量に収集していけば、ご自分の自前のデータ集を作ることができ、本にして発表する以上の素晴らしい結果を創り出すことができます。

この「トミイ方式」というのは、ただ継続あるのみです。継続さえしていけば、昨日よりは今日、今日よりは明日、という具合にどんどんデータは増えていきます。

そうはいっても、時には継続できないこともあります。しかし、決して焦ったり、諦めたりすることはありません。それは、スポーツでいう「累積記録」というものと同じで、決して減っていくものではないからです。野球でいうならば、打者の場合にはホームラン、ヒット、打点、盗塁、塁打など、また投手の場合には勝利数、奪三振数、セーブ数などのように、たとえある期間、試合に出られなくなったり、2軍に落とされたりしても、決してそれまでに残した数は減らないのと同じように、「トミイ方式」というのは、ある期間データ収集活動を休んだとしても、それまでに収集したデータの数は絶対に減っていきません。そのため、仕事などの関係で、一時、データ収集活動を中止してもあせることなく、再開できるときに再開すれば、またいつでもデータ収集を継続することができます。

ここで、「前置詞」に関連して、「トミイ方式」はどのようなことをもたらしてくれたかについてお伝えします。

「前置詞」とは、単に日本語の「てにをは」に相当するものではなく、それ以上に大事な品詞であることはご存じだと思います。しかし一方では、「前置詞」というのは、もともと、名詞、動詞、形容詞、副詞などのような content words とは異なり、冠詞、助動詞、接続詞などのような structure words ですので、あまり気にかけなくともよいようにも思われています。たしかに、「前置詞」をちょっと間違えたところで、情報の伝達に致命的な影響を及ぼすというものではありません。しかし、適切な「前置詞」を使うと、簡潔かつ適格な表現ができ、文章が引き締まり、かつ格調の高い、達意な文章が書けるようになります。

ここでは、「トミイ方式」を通して収集して初めて知った

(1) 動詞的に訳さなければいけない「前置詞」
(2) 手段・方法を表す意外な「前置詞」
(3) 前置詞以外の情報を持っている「前置詞」

などを、ごくごく簡単に披露します。

(1) 動詞的に訳さなければいけない「前置詞」

以下の英例文を見てください。

They harden chemically to a smooth, tile-like surface.
The uranium239 in turn decays to neptunium239 and then to plutonium239.

いずれも to を前置詞のまま「~へ」と訳したのでは日本語にはなりません。「~になる」というように動詞的に訳さなければなりません。これ以外に、このような意味に使われる前置詞には in や into があります。

(2) 手段・方法を表す意外な「前置詞」

Before re-assembling, wash all disassembled parts in clean machine oil.
Clean the filter in a warm soapy solution.

これらの in はいずれも、日本語では「~で」という手段とか方法を表しています。普通この場合にはそのような物質を使って「洗浄する」わけですから with でよさそうなのですが、(i)「~で」(すなわち、~を使って)という情報と、(ii)「~の中で」という2つの情報のうち(ii)の情報だけで表現しているわけです。この種の前置詞の使い方は、集めてみると、against, between, from, on, over, through, under, within などいろいろな語に見られます。

(3) 前置詞以外の情報を持っている「前置詞」

Check the cylinder for leakage.

これは、「漏れがないかどうかシリンダをチェックしてください」という日本文の英訳です。この場合 for は、単なる前置詞ではなく、「(漏れが)ないかどうか」という意味を持っています。この用法を知らないと

Check the cylinder to ascertain whether or not there is any leakage.

などと書いてしまいます。決して間違いではありませんが、いかにも冗長な英語になります。

以下に挙げたのは、for の持つもう一つの用例です。

It is essential for best results that ample space be provided in the housings.
For optimum performance, safety valves must be serviced regularly and maintained.

この場合の for は、いずれも単なる「~のため」ではなく、もっと踏み込んで「最高の結果を得るためには」とか「最適な性能を発揮させるためには」などと訳さないと日本語にはなりません。

ちょっと長くなりましたが、これで「連載を始めるにあたって」を終え、次回からは本論に入っていきます。

筆者プロフィール

富井 篤 ( とみい・あつし)

技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。