大規模英文データ収集・管理術

第9回 「トミイ方式」のきっかけ

筆者:
2011年10月10日

今回は、もう、かれこれ40年近く前になりますが、「トミイ方式」との、そもそもの縁(えにし)についていろいろ思い出しながら述べてみたいと思います。それにより、読者の中には、「実は今、自分もそのような状況にいるんだ。それならば、自分にも合っている方法かもしれないぞ」と合点する人がいるかもしれません。その人たちの中で、一人でも「トミイ方式」をお始めくださる方がいらっしゃったらこれに勝る喜びはありません。

もちろん、最初から「トミイ方式」というものが実在していたわけではありません。必要に迫られていろいろなことを試行しているうちに「トミイ方式」というものが形作られてきたわけで、現に、「トミイ方式」というものを私自身が意識し始めたのは、スタートしてから10年近く経過してからのことです。

40年ほど前は、筆者はまだ商社に勤務していました。そこでは、毎日毎日おびただしい量の英文の手紙が送られてきました。まだe-mailなどがない時ですから、海外からの情報は、テレックスといって、会社間の電報のようなものもありましたが、そのほとんどは手紙という形でした。毎日それらの手紙を見ているうちに、彼らの書く英語と私たち日本人の書く英語との間に、わずかともいえない、埋めることのできない溝があることに気がつきました。この溝は、結局は物事の発想の違いからくるもので、私たちがいくら辞書や文法書や参考書で勉強しても永遠に埋めることのできないものであるように思われてなりませんでした。

余談になってしまいますが、今になって考えると、事件ともいえる、その象徴的な出来事が、第3回にも紹介しました、アメリカのあるバルブメーカーの輸出部の責任者から来た手紙との遭遇でした。

Present schedule will bring me to Tokyo on February 27.

という内容は、別にむずかしくも何ともない、ただ

現在の予定では、私は2月27日に東京に行くことになっています

というだけのことです。ところが私は

現在のスケジュールは、私を2月27日に東京に連れて行く

という発想、すなわち、日本語では、「人間を東京に連れて行く」という行為の主語には絶対になりえない「現在のスケジュール」を主語にしている発想に度肝を抜かしてしまったのです。この種の構文は、「物主構文」などとして取り上げている文法書もあり、特に珍しいものではありません。その文法書に載っている例文も、あくまでも文法書の中でしか存在しないような例文ではありましたが、それまでに何回となく目にはしていましたので、別に驚くほどのものではありませんでしたが、実際に仕事の中で遭遇してみると、それは驚きでした。早速その手紙を、周辺の同僚たちに示したのですが、誰一人感動するものはなく「責任者が2月27日に東京に着く」という事実の認識だけに終わってしまいました。

この構文は、後に筆者がのめり込むようになる「無生物主語構文」の一種ですが、この時この「無生物主語構文」に目を開いたことが、さらにそれから数年後に「トミイ方式」の「きっかけ」になったことは言うまでもありません。実は筆者は、この文章は、その後何回も使ったことがあります。

さて、話を元に戻します。彼我の発想の違いからくる英語の違いを克服しなければならないわけですが、それには、「私たちはいくら辞書や文法書や参考書で勉強してもこの違いは永遠に埋めることはできない。これからは彼らの書いた英文を片っ端から集め、それを使いやすいような形に整理しておいて、いざ英文を書くときに必要なものを取り出して来て書く方が手っ取り早く、かつ、彼らの発想に近い英文が書けるはずである」という、半ば敗北宣言に近い「諦めの気持ち」に落ち着いてしまったわけです。すなわち、前にも書きましたが、われわれ日本人にとっては、所詮「英作文は英借文に過ぎない」という達観というべきか、諦観というべきか、そのような境地に落ち着いてしまいました。

最初のうちは、収集したデータの中から典型的な語句や文章などをピックアップし、利用しやすいテーマごとに分類して、主にセンテンス単位で大学ノートにメモ程度に書き写していました。したがって、収集したデータは、そのほとんどが、自分には発想できない言い回し、以前に自分で英文を書いていて困ったことのある語句や表現や文章構造、和英辞書には載っていないような英単語や表現の妙な使い方などばかりでした。ということは、収集の対象になっていたデータは、すべて、英語を書く時、既成の和英辞書には載っていないようなものばかりでした。

しかし、月日が経つにつれ、徐々に筆者の関心事の幅が広くなり、深さも増していき、おのずと収集するデータの範囲も広がっていきました。アルファベット順に分類・収納しておいた方が後々利用価値があると思える英単語、例えばprovide,cause,allow,permitなどの因果動詞などを「アルファベット順」という分類の中に、増加・減少、変化・変動、原因・結果・理由・目的、異・同・類似、順序・順番・種類、性質・特性・特徴・特長・彫塑・短所、などの「表現別」、冠詞、前置詞、動詞、助動詞などの「品詞別」、無生物主語構文、否定構文、比例・比較構文、否定構文、強調構文、倒置構文、省略構文などの「構文別」、数と量に関する表現、以上・以下・超え・未満、単位、概略などの「数量表現別」、それに、上記の中に入らないその他すべてを「その他」などに分類していったのです。データの数も徐々に増え、その数は、2011年7月の時点で、およそ350,000点に上っています。

以上、「きっかけ」から始まり、その「質」「量」とも年月の経過に伴い、充実し、現在に至っています。

前回の繰り返しになりますが、これらのDBを使い、「活用機能」、「学習機能」にもっぱら使っており、最近の20年ほどは、3つ目の機能である「発表・制作機能」を謳歌?して、もっぱら著作業に専念しています。

筆者プロフィール

富井 篤 ( とみい・あつし)

技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。