地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第153回 日高貢一郎さん:他地域の方言を活用した交通看板~宮崎県清武町の事例~

2011年6月4日

「交通安全」は皆が願いながら、なかなか守られにくいもののようで、痛ましい交通事故や、取り返しのつかない死亡事故はいっこうに後を絶ちません。

この連載の第8回で、大分県大田村の交通安全を呼びかける方言看板の例を、また第43回では北九州市の「自転車を降りチャリ、押しチャリ」を、第78回では宮崎県警の「てげてげ運転追放運動」、などを紹介しましたが、宮崎県の清武町で、地元の方言ではない、他の地域の方言を活用した事例に出会いました。

(クリックで周辺の様子も拡大表示します)

【写真1 肥筑方言を使って…】
【写真1 肥筑方言を使って…】
【写真2 関西方言+土佐方言で…】
【写真2 関西方言+土佐方言で…】

ひとつは、「止まれ 自転車も左右の確認せんといかんばい!」とあり、九州西部の肥筑方言で有名な文末詞の「ばい・たい」の「ばい」が使われています。

もうひとつには、「青信号 クルマに自転車も/スピード突入 あかんぜよ」とあります。
 「あかん」からはすぐに関西方言が、また「~ぜよ」は去年のNHKの大河ドラマ『龍馬伝』で話題になった土佐方言が頭に浮かんできます。

この文案を考えた作成者に聞いたところ、「交通事故がなくなることを強く願っています。ふつうに共通語で「自転車も左右の確認をしましょう!」とか、「青信号でもスピード突入はいけません」と言ったのでは、当たり前すぎて少しも印象に残らない。そこで同じ九州の方言で、地元の人にも意味がよくわかる「ばい」を使い、またテレビ・ラジオで知られた他の地域の「あかんぜよ」を活用して、少しでも運転者の注意を引き、インパクトがあるものにしようと考えました。実は、私自身、小学校入学前の長女を交通事故で亡くすという、非常につらい体験をしているものですから……」とのことでした。

もし素直に地元の方言で表現するとしたら、「左右を確認せんといかんど!」「突入したらだめど!」などとなるところでしょう。
 それとはちょっとずらして、しかし言わんとする意味あいはしっかり伝わるように……、というねらいのもとに、他の地域の有名な方言を活用して表現した、この「方言看板」。

じゃっとよ。まこつ、交通事故防止ん、効果を発揮してほしいっちゃが!(これは地元の方言です)。〔そうなんだよ。本当に、交通事故防止に、効果を発揮してほしいんだよ!〕

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。