地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第154回 山下暁美さん:スペイン語の世界的方言差(地下鉄)

筆者:
2011年6月11日

アルゼンチンの鉄道の歴史は、中南米ではもっとも古く、1857年頃イギリスの技術を導入して、フェロカリル・オエステ(Ferrocarril Oeste・西鉄道)が敷設されたと言われています。ちなみに日本の鉄道の開通は、1872年の新橋―横浜間が最初です。

1913年にアルゼンチンのブエノスアイレスで地下鉄が開通したとき、スペイン本国に地下鉄はまだ存在しませんでした。アルゼンチンでは、「鉄道」の“ferrocarril”との区別が必要になって、“subte”(スブテ)としました。“subte”は、Google mapでは、アルゼンチンを中心に分布しています(【写真1】2011/04/26現在、以下のmapも同日)。

(画像はクリックで拡大します)

【写真1】
【写真1 subte(1150)】

もともと“subte”は、“subterráneo”の略称で、“sub-”は、「下」という意味の接頭辞、“terráneo”は「地面」です。

スペイン語の“metro”(地下鉄)は、アルゼンチンの“subte”開業から6年後にスペイン本国(1919年)で採用されました。Google map【写真2】では“metro”の使用度数(29,774,925)は、“subte”(1,150)にくらべて非常に高く、英語圏、フランス語圏、スペイン語圏などで用いられています。「地下鉄」以外の喫茶店やホテル、通りの名前などにも使われます。

【写真2】
【写真2 metro(29,774,925)】

“metro”は、地下鉄が世界ではじめてイギリスで開通(1863年)したことと関係があります。イギリスでは、メトロポリタン鉄道会社が、蒸気機関車だったので、吹き抜けトンネルのような構造の地下鉄をロンドンに作りました。1900年にパリ万博にあわせてパリ市内に地下鉄ができたとき、「メトロポリタン」(語源は、ギリシャ語の“metropolis”大都市)を、フランス語訳(métropolitaine)し、短くして「メトロ」(“Métro”)としました。それが世界に広まったとされています。

日本では、2004年に帝都高速度交通営団の民営化にともない、東京地下鉄と改名し、「東京メトロ」の愛称で呼ばれるようになりました。

世界に先がけて地下鉄を走らせた老舗のイギリスでは、「メトロ」という呼びかたは、一般的でなく「アンダーグラウンド」、通称「ザ・チューブ」(the tube・管)と呼んでいます。

「アンダーグラウンド」も「地下鉄」も“subte”も、地上を走る部分があれば、名前と一致しないことになります。「母、大」を語源にする“metro” にはこの矛盾が起こりません。Wiktionaryによると、世界の多くの言語で「メトロ」は「地下鉄」の意味で使われています。スペイン語圏における、南アメリカとヨーロッパの大きな方言差もこの反映なのです。

なおGoogle mapの活用法は第127回に、活用例は第132137142回に出ています。

(参考web)
  //www.uraken.net/world/wrail/wrai53.html
  //www.tfl.gov.uk/modalpages/2625.aspx

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。