「メガネを探していたら、鼻の上にあった」というとぼけた話があります。鼻にひかかっているということに由来する言い方がスペイン語で“gafas”です。“gafa”には物をひっかけるかぎの意味があります。日本に現存する最古のめがねも16世紀の物とされ鼻にのせるタイプです。国内での使用例は、秋田のメガネ屋さん“Palacio de Gafas(パラシオ・デ・ガファス「メガネの館」)”があります。店長の伊藤健さんの話によると1997年開店のとき、店の名前を決めるにあたっていろいろな言語で「メガネ」を意味することばを並べてみて、直感で一番気に入ったのがGafasだったそうです。
ところでスペイン語で「メガネ」を意味することばは大まかに4つあります。“gafas(ガファス)”、“anteojos(アンテオホス)”、“lentes(レンテス)”、“espejuelos(エスペフエロス)”です。“anteojos”は“ante(まえ)”と“ojos(眼球)”で、目の前にあるものという意味です。
もともとレンズは、太陽の光を集めて火をおこす道具として使われていました。レンズという名前は、レンズ豆という小さな豆の形に似ていることから付けられたと言われています。紀元前8世紀ごろに物を拡大して見ることに使われるようになりましたが、“lentes(レンテス)”も、つるにはめこまれているレンズが物を拡大するだけでなく、意味も拡大してメガネを指すようになりました。“espejuelos”は“espejo(鏡)”と語源を同じくするものと思われます。
Google books Ngram Viewer で “lentes”、“gafas”、“anteojos”、“espejuelos”の1800年から2000年までの推移を見てみますと1800年の頃にはレンズやメガネの普及とあいまって“lentes”が優位でした。ついで多かったのは“anteojos”です。ところが1990年以降“gafas”が“lentes”についで優勢です。“lentes”がトップである理由は、「メガネ」のほかに「レンズ」そのものを指す場合にも用いられるからです。
Google books Ngram Viewerの結果を裏付ける図があります。【図2】と【図3】をご覧ください。“gafas”と“anteojos”を比べると、かつてスペインで使われていた“anteojos”は“gafas”に地位を譲っています。言語地図の赤○は「使っている」、青○は「使わない」、黄色は「準備中」です。移民たちが持ち込んだ古い形の“anteojos”が中南米に残っていることがわかります。(言語地図はA.Ruiz Tinoco2002-2014 VARILEXによるものです。)
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。