日本語社会 のぞきキャラくり

第57回 直接引用と発話キャラクタの「品」

筆者:
2009年9月20日

話し手のキャラクタの一貫性が特に問題になるのは「直接引用」である。

たとえば、A国を偵察してきたB国のスパイが「A国の奴ら、『B国の豚野郎どもをやっつけよう』と言っているぜ」と直接引用で報告しても、スパイは「おれたちを『豚野郎ども』とは、おまえどういうことだ」などとB国人に責められたりしない。直接引用発言の責任は引用元(A国の人間たち)にあるのであって、引用者(スパイ)は責任を「原則として」負わない。(但し、これはあくまで「原則」である。たとえば落語『百年目』には、大店の旦那が、番頭を呼びに使わした丁稚を叱りつける場面がある。「たとえ番頭がおまえに『いま行くちゅうとけ』と返事したにせよ、それをそのまま、番頭は『いま行くちゅうとけ』と言ったと私に報告する奴があるか。番頭さんは『ただいま参ります』とおっしゃいましたと、なぜ言わん」と、番頭の発言を馬鹿正直に直接引用した丁稚(引用者)を旦那は叱る。こういう旦那の感覚は落語の中だけのものではないだろう。)

ところが、発話キャラクタの品に関しては同様の「原則」が必ずしも成り立たない。たとえば、上品な令嬢が下品な男に頼み事をしたとする。その出来事を後日、仲間に語る場合、下品な男は、

「げっへへ、そういうわけでよぅ、お嬢様はよぅ、オイラに頼まれたというわけよ」

のように令嬢の発言を間接引用してもいいし、

「げっへへ、そういうわけでよぅ、お嬢様はよぅ、『あなたにお願いしますわ』っておっしゃったわけよ」

のように令嬢の発言を直接引用してもいい。だが令嬢は、男の返答を引用する際、そのような自由は持たない。

「その方、笑って引き受けてくださいましたわ」

のように間接引用はできるが、

「その方、『げっへへ、もちろん、引き受けやすぜ』っておっしゃいましたわ」

のような直接引用はできない。いくら王子さまに「その者は何と申したのです。どうか包み隠さず、そのままお教えください」と請われても、「げっへへ」とやったのでは令嬢の上品キャラはぶちこわしである。令嬢としては、ここはまるで何も聞こえなかったかのように、嫣然と微笑んで黙っているあたりが正解ではなかろうか。

つまり直接引用が可能かどうかは、発話キャラクタの「品」に関わる問題である。下品なキャラクタは、自分と異なる上品なキャラクタの発言を、上品な人間の物言いとして直接引用できる。だが上品なキャラクタは、自分と異なる下品なキャラクタの発言を、下品な人間の物言いとして直接引用できない。「文をしゃべっていく際、話し手のキャラクタは一貫していなければならない」という前回取り上げた考えは、発話キャラクタが上品な場合にかぎっては、直接引用の引用内部にもよく当てはまるということである。

では、なぜ、これが上品なキャラクタの場合にかぎられているのか。それは、上品なキャラクタというものが、下品なことばを口にしてはいけない、というより、そもそも下品なものと触れ合ってはいけないものだからである。上品なキャラクタの方々は、「安さ爆発!」のような看板の前に立ってはいけないし、ガキどもが生殖器や排泄物の名を連呼してはしゃいでいるところに居合わせてもいけない。

しかし、そうも言っていられないところに現実のつらさがあり、また、おかしさがあるんでしょうなあ。うっふっふ。(続く)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。