「Daugherty Typewriter」は、ペンシルバニア州キッタニングのドーアティー(James Denny Daugherty)が、ピッツバーグで1893年頃から生産・販売を開始したタイプライターです。「Daugherty Typewriter」の特徴は、キーボードとプラテンの間に配置された38本のタイプ・アーム(type arm)にあります。タイプ・アームは、それぞれ対応するキーにつながっています。キーを押すと、プラテン側を支点として、タイプ・アームの先(キーボード側)が持ち上がり、プラテンの前面めがけて打ち下ろされます。タイプ・アームがプラテンに到達する直前に、インク・リボンが下からせりあがって来ます。タイプ・アームの先には、活字が2つずつ付いていて、通常の状態では小文字が、プラテンに挟まれた紙の前面に印字されます。キーを離すと、タイプ・アームとインク・リボンは元の位置に戻り、紙の前面に印字された文字が、オペレータから直接見えるようになります。つまり、打った文字がすぐ読めるのです。これが、フロントストライク式という印字機構で、「Daugherty Typewriter」が初めて実用化したものなのです。
「Daugherty Typewriter」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。キーボードの最上段は、大文字側に“#$%_&’()が、小文字側に23456789-が配置されています。その次の段は、大文字側にQWERTYUIOPが、小文字側にqwertyuiopが配置されています。そのまた次の段は、大文字側にASDFGHJKL:が、小文字側にasdfghjkl;が配置されています。最下段は、大文字側にZXCVBNM?.が、小文字側にzxcvbnm,/が配置されています。「Daugherty Typewriter」では、スペースキーの左右にある「大文字キー」によって、大文字と小文字を打ち分けます。「大文字キー」を押すと、タイプ・アームとキーボード全体が少し手前に傾き、プラテンとの相対的な角度が変わることで、大文字が印字されます。「大文字キー」を離すと小文字が印字されます。プラテンを動かすのではなく、タイプ・アーム全体を傾けるという機構だったために、「Daugherty Typewriter」の「大文字キー」は、押すのが非常に重い、という問題がありました。
この重い「大文字キー」を正常に動作させるために、「Daugherty Typewriter」は、頻繁にメンテナンスをおこなう必要がありました。また、フロントストライク式そのものは良いアイデアだったのですが、結果として、複数のタイプ・アームが印字点でひっかかってしまう(いわゆるジャミング)現象が多発しました。「Daugherty Typewriter」のフロントストライク式は、最初から完成していたわけではなく、まだまだ改良を必要としていたのです。