地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第152回 井上史雄さん:台湾方言(閩南語)の書き方2種
Two ways of writing Taiwanese dialect

筆者:
2011年5月28日

台湾の言語事情は複雑です。電車(台北捷運MRT)の車内アナウンスの4言語が象徴的です。①「国語」としての中国語(北京語)のほかに、②閩南(ミンナン、ビンナン)語(福建語・ホーロー語とも)、③客家(ハッカ)語、④英語が使われているのです。録音を聞いてください。善導寺(Shandao temple)駅です。

北京語は戦後国民党政権がもたらしました。閩南語が一番多く使われ、「台湾語」とも呼ばれます。客家語は中国南部から移住した人々のことばです。北京語が標準語・共通語だとすると、閩南語は、台湾の代表的方言と言えます。北京語と発音が違っていて、漢字で表わせないことばもあります。

(画像はクリックで拡大します)

【写真1 「A菜」】
【写真1 「A菜」】

そこで書き方に工夫をこらしているのですが、その一つがアルファベットの活用です。【写真1】のように、中華料理店のメニューや八百屋の値札には「A菜」と書いてあります。食べたらすなおな味でした。漢字で書けば“萵仔菜”で、台湾の方言では「エ・ア・ツァイ」のように発音するのですが、北京語で発音した「Aツァイ」のほうが日常生活でよく使われているそうです。

また屋台の看板に「Q」「QQ」などと書いてあります。日本語の「しこしこ」「きゅっきゅっ」(弾力のある食感)にあたる擬態語です。また台北駅付近には「K書中心」という施設があります。クーラー付きの自習室です。「K書」は勉強、がり勉という意味で、啃書(ken shu)または看書(kan shu)からきているそうです。

【写真2 「バブ」】
【写真2 「バブ」】

次に、台湾語を表すのに、注音字母を使うこともあります。カタカナに見かけが似た文字で、子音と母音と声調を示します。【写真2】のメニュー末尾の注音字母は「バブ」と読んで、アイスクリームを売るときのラッパの音を表したものだそうです。台湾風アイスクリームの意味です。これはまだ食べていません。

このように、民衆の話しことば、台湾語(方言)は文字に記され、街角でも見られるようになりました。近年は台湾独立運動の波に乗って、台湾語をローマ字で表わす動きもあります。これからの変化が楽しみです。

なお台湾の方言については第89回「海外の方言事情(台湾語の看板)」でも取り上げられています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。