2022年最初の「歴史で謎解き!フランス語文法」です。今年もよろしくお願いします。いつもの先生のもとには、今年もフランス語を熱心に学ぶ学生さんがやって来ているようですよ。
学生:先生、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
先生:あけましておめでとう。年末年始は充実していたかい?
学生:クリスマスからお正月にかけて、ずっと家にいました。この時期に一緒に外出できるような特別な相手もいないので…… 他者からの愛に飢えた年末年始だったと言ってもいいかもしれません。
先生:まぁ、ゆっくり静養できたと思えばいいじゃない。そうそう、いま君は「愛」って口にしたよね。「愛」はフランス語で何というんだっけ?
学生:「愛」はフランス語で amour です。でも、それがどうかしたんですか?
先生:その通り、フランス語で「愛」は amour だよね。実はこの単語、他とは違って、ちょっと珍しい特徴を備えているんだよ。何だかわかるかい?
学生:愛から縁遠い自分にとっては、なかなか難しい問題です。何だろう、全然わからないですね。
先生:では、答えを発表しよう。実は、amour という語は「単数形と複数形で、性が変化する名詞」なんだ。単数形だと男性名詞に、複数形だと女性名詞になるよ。だから形容詞をつける際にも、単数形のときは男性形で、複数形のときは女性形で性数一致しないといけないんだ。
un amour interdit → des amours interdites(禁断の愛)
mon premier amour → mes premières amours(私の初恋)
学生:えっ、性が変化するんですか!? そんな不思議な名詞があるなんて、初めて知りました。
先生:驚くのはまだ早いよ。これと同じ特徴を持つ名詞は、他にもあるからね。amour, délice, orgue…… この3つが単数形と複数形で性が変化する名詞なんだ。どれも単数形では男性名詞、複数形では女性名詞として扱われたりするよ。[注1]
学生:1つだけでもビックリなのに、3つもあるんですね。でも、どうしてこの3つの単語は、性が変化するという特徴を備えているのですか?
先生:理由はそれぞれ異なるんだけど、歴史的経緯が影響しているという点で共通しているね。この3つの単語は、長い歴史の中で性が男性になったり女性になったりすることがあり、現時点ではその結果が混在している状態というわけ。3つの単語の歴史的経緯、興味あるかい?
学生:ありますあります! とても興味あります! ぜひ教えて下さい!
先生:わかった、それじゃあ1つずつ順を追って説明していこう。
◆ amour[注2]
先生:まず、amour の説明からはじめるとしよう。現代フランス語の amour(愛情、恋愛)は、古典ラテン語の男性単数 amor に由来しているよ。これが古フランス語の amor では男性と女性の両方で扱われるようになり、徐々に男性よりも女性の方が優勢になっていったんだ。このように性が混在していた状況で、後に古典ラテン語の性に一致させる形で、現代の amour は男性とされたようだね。その際、16世紀から17世紀の文法学者たちが「数による性の違い」を確定しようとしたらしいんだけど、厳密には適用されなかったらしい。現在に至っては、単数は男性、複数は女性とされたりするものの、数に応じて明確に区別されているわけではなく、単数で女性の時もあれば、複数で男性の時もあったりする。amour は、いわば「両性具有」のような語だといっていいかもしれない。
学生:なるほど、そういう経緯があったのですね。でも、なぜ元々男性だったものが、古フランス語の段階で女性として扱われるようになったのですか?
先生:はっきりとした理由はわからないんだけど、トルバドゥール troubadours と呼ばれる南仏の詩人たちの影響だという話を聞いたことがあるね[注3]。「恋愛は12世紀に生まれた」という言葉もあるのだけれど、トルバドゥールたちが叙情詩のなかで歌っていた、いわゆる「宮廷風恋愛」と呼ばれる恋愛の理念が、北仏にも広がっていったみたいなんだ。そして、南仏の古オック語では amor が女性名詞だったから、その影響で北仏の古フランス語の男性名詞である amor に女性的要素が加わった…… ということかもしれないね[注4]。
学生:なるほど、仮説とはいえ、理由としてはわかりやすいですね。
先生:あと、補足なんだけど、数によって性が変わることなく、単数でも複数でも常に男性として扱う時もあるんだ。たとえば、愛の神「キューピッド」を意味する Amour (= Cupidon) がそうだね。キューピッドは男性名詞で、複数形のときは Amours と表記される。ただ、複数形になっても女性名詞にはならず、常に男性名詞のままなのさ。同じく「神の愛」を意味する amour divin の時もそうで、複数形になっても *amours divines とはならない。これについてはヴォージュラ Claude Favre de Vaugelas (1585-1650) が指摘しているんだけど、いま挙げた2つは、男性/女性の間で性が揺れ動いたり、女性の方が優勢だったりした中世から近代の時代においても、常に男性名詞としてのみ扱われていたようだね[注5]。
学生:なぜ、数ある名詞の中で、この2つのみが男性名詞として保持されたんですか?
先生:これもはっきりとした理由はわからない。ヴォージュラも、詳細な説明は残していないしね。あくまで想像の範疇を出ないけど、キューピッドは Vénus の息子として古代から常に「男性」の姿で表象されてきたし、神は三位一体において「父」としての位格を持っているから、それぞれ男性としてのイメージが強かったのかもしれないね。
◆ délice[注6]
先生:続いて、délice の説明に移ろうか。現代フランス語の délice(喜び、快楽)は、古典ラテン語の中性単数 delicium と女性複数 deliciae の2つに由来しているよ。これが古フランス語では delicium → delice、deliciae → delices と変化して、男性としても扱われるようになったのは1120年とされているね[注7]。その後、数に関係なく男性と女性の両方が16世紀まで併存するんだけど、どちらかといえば男性の方が優勢だったんだ[注8]。17世紀になると、délice は「単数では男性名詞、複数では女性名詞」として扱われるようになるよ。
学生:amour とは違って、中性の delicium と女性の deliciae のように、後に2つの性が出てくる要因が古典ラテン語の段階から存在していたというわけですね。
先生:そうだね、性が2つある理由としては、比較的わかりやすいと思う。他の語は、性が2つある理由について、なかなか明確な情報を出すことができないからね。
◆ orgue[注9]
先生:最後は、orgue の説明だ。現代フランス語の orgue(オルガン)は、古典ラテン語の中性単数 organum に由来しているよ。フランス語の orgue の最も古い用例は1155年だけど、性は男性だったり、女性だったりして一定していない。これが17世紀まで続くのだけど、どちらかといえば女性の方が優勢だったんだ。そして、18世紀になると、orgue は「単数では男性名詞、複数では女性名詞」として扱われるようになるよ。
学生:なんか délice の経緯と似ていますね。以前、古典ラテン語の中性名詞は男性名詞になると教えていただきましたが、中性名詞である organum は、なぜ男性だけでなく女性としても扱われるようになったのでしょうか?
先生:それは、中性名詞の複数形に起因するものと考えられるね。単数形の organum を複数形にすると organa になるんだけど、この語尾の -a が古フランス語では -e となるから、女性名詞として認識されることがあったんだ。結果、orgue は「単数では男性名詞、複数では女性名詞」として扱われるようになった可能性がある……と説明できるよ[注10]。
学生:単数形の organum が男性名詞に、複数形の organa が女性名詞になったという説明は、明瞭でわかりやすいですね。
先生:確かに、この流れはわかりやすいかもね。ただし、orgue は性数一致に少し注意が必要だよ。まず、学校や楽器店などで見かけるような小型のオルガンは男性名詞で、こうしたオルガンが複数あっても女性名詞にはならず、les petits orgues と常に男性名詞のままなんだ。一方、教会で見かけるような大型のオルガンは女性名詞で、たとえ1台であっても les grandes orgues と複数形の扱いになるんだよ。このように、1つのものを複数形で示すことを「強調の複数形」pluriel emphatique というんだ。ちなみに、大型のオルガンが複数あるときは les grands orgues と男性名詞になるので、性別の違いはあれ、単数でも複数でも常に複数形で表記する必要があるということも覚えておこう。
学生:大型のオルガンは、1台だと女性名詞で les grandes orgues という形になり、2台以上だと男性名詞で les grands orgues という形になるってことですか…… どっちがどっちなのか、だんだんわからなくなってきましたよ(汗)。
先生:フランス語では、単数形/複数形で性が変化する名詞は3つしかないから、まだマシな方だと思うよ。イタリア語になると、その数は3つどころではないからね。
学生:イタリア語は、もっとあるということですか? それは覚えるのが大変そうです。でも、異なる言語なのに、同じような特徴があるのはおもしろいですね。
先生:フランス語も、イタリア語も、同じくラテン語から派生している言語だしね。そうそう、フランス語で性が変化する名詞といえば、避けて通れないのが「人々」を意味する gens だよ。これは古典ラテン語で「氏族、民族」を意味する gens に由来する語で、元々は女性名詞だった。これが古フランス語では gent になり、同じく女性名詞だったんだけど、古典ラテン語の homines(人々)の類義語として扱われるようになったことから、意味は「人々」に変化した。そして、homines が男性名詞だったことで gent に男性の要素が加わり、現在の「人々」という意味の名詞 gens には男性と女性の両方の要素があるよ。
学生:女性名詞だったものが、両方の性を持つ名詞に変化したということですね。でも、それだけでは特に避けて通れないような単語には思えませんが、これまでご紹介いただいた他の3つの語とは何が違うんですか?
先生:実は gens には、性数一致の点において、非常に厄介な文法上のルールがあるんだ。
学生:えぇ、何だか聞くのが怖くなってきましたよ…… でも、そう言われると気になってしまいます。どんなルールなのか教えて下さい。
先生:覚悟は決まったようだね(笑)。実は gens という語は、女性名詞だった名残から、前置された男女異形の形容詞は女性形で性数一致するんだ。でも、後置された形容詞は男性形で性数一致するんだよ[注11]。
学生:もはや何をおっしゃっているのか、全然わかりません……。
先生:実際に見てみるとわかりやすいかもしれないね。例を挙げよう。
Toutes ces bonnes gens sont heureux.
全ての善人たちは、幸福である。
この例文では、gens の直前に形容詞 bon が置かれている。ただ、先に説明したルールの通り女性形 bonnes で性数一致されているのがわかるかな。その前にある Toutes も同じ理由で、女性形になっているんだ。でも、gens の直後におかれている形容詞 heureux は女性形にならず、男性形で性数一致されているというわけ。
学生:こんな複雑なルール、使い分けられる気がしませんよ…… あらかじめルールとして知っていないと、つい “Tous ces bons gens sont heureux” って書いてしまいそうです。いえ、知っていても、正確に性数一致できる自信はないですね。
先生:打ちひしがれているところ追い打ちをかけるようで悪いんだけど、この話にはまだ続きがあるよ。さっき「gens の直前に置かれた男女異形の形容詞は、女性形で性数一致する」って説明したよね。それなら男女同形の形容詞だったらどうなるかというと、男女同形の形容詞が1つでも前置されていれば、他の形容詞が gens の直前に置かれても女性形にはならず、常に男性形のままなんだよ。
Tous ces braves gens sont heureux.
全ての正直者たちは、幸福である。
学生:先生、すみません、もう無理です…… 男性、女性、単数、複数が頭の中で入り乱れてしまって、もはや私の理解がついていけません(泣)。
先生:ごめんごめん。今日の説明は一度に出すにしては、ちょっと情報量が多すぎたかもね。とはいえ、単数と複数で性別が変化する名詞の存在は覚えておいて損はないから、ぜひ自分自身で一度整理してみてほしいな。落ち着いて整理すれば、こうした複雑なルールも理解できるようになると思うからさ。
学生:新年早々、フランス語の難しさの洗礼を受けたような気分です。でも、先生のおっしゃるとおり、覚えておいて損はない情報ですね。わかりました、今日お聞きしたことを、改めて自分で整理してみたいと思います。
先生:「一年の計は元旦にあり」ともいうしね。その調子で前向きに勉強して、今年のフランス語学習の好調なスタートをきっていこうじゃない♪
学生:先生、元旦はもうとっくに過ぎてますよ(苦笑)。
[注]