歴史で謎解き!フランス語文法

第31回 どうして、mille, ville, tranquille の読み方は、「ミーユ」、「ヴィーユ」、「トランキーユ」じゃないの?

2021年12月17日

フランス語は綴り字と発音がほとんど一致していて、例外もわずかです。-ille の綴りの発音は「ィユ」で……って、mille「ミル」も ville「ヴィル」も tranquille「トランキル」も「ィユ」ではありませんね。今回は「ィユ」ではなく「イル」と読む -ille の謎に迫ります。

 

学生:先生、この前の授業で楽しそうに話していたお菓子のミルフィーユ(mille-feuille)の話ですが、僕、実はよくわからなかったんです。

 

先生:あ、僕が留学時代に、ケーキ屋で、日本語風に「ミルフィーユ」下さい、と言って通じなかった話かい? あれはね、ショーケースにあるのを指さして言えばわかってもらえる、と思って、冠詞もつけずに、« Je voudrais ミルフィーユ » って言ったら、お店の人には、« Je voudrais mille filles »「女の子を1000人下さい」と聞こえたらしくて、変な沈黙があったということ。

 

学生:あ、なるほど、わかりました。

 

先生:こういう話は、説明すると面白くなくなるんだよ。

 

学生:ははは、ごめんなさい。でも、僕は、他のことが気になってしまって話が追えなかったんです。

 

先生:なんだい?

 

学生:fille にしても feuille にしても、語末の -ille は、[ij](ィユ)と発音するじゃないですか。どうして、「1000」という意味の mille は、[mil](ミル)なんですか?

 

先生:あ、そこか。これは遡れば、俗ラテン語がフランス語になる過程で起こった偶然に由来するんだよ。

 

学生:どういうことですか?

 

先生:フランス語の mille は、古典ラテン語で同じ綴りの mille に由来する。ラテン語では、「ミッレ」と読むよ。ラテン語では、単数形の mille と、複数形の milia(ミーリア)という形があった。古フランス語では、millemilmiliamilie という形になった。現代フランス語で mil という形は見たことがないかい?

 

学生:そういえば、歴史に関する読み物で、フランス革命が起こった1789年のことを、l'an mil sept cent quatre-vingt-neuf と書いているものがありました。

 

先生:年号の「1000」の後に数字が続く時は、mil と綴る、というのがつい最近までの正書法のルールだったからね。今だと、アカデミーフランセーズは、むしろどんな場合も mil という綴りは避けてほしいとしているけどね[注1]

 

学生:読み方の確認ですが、単数の mil は、「ミル」ですよね。古フランス語での複数の milie の方はどう発音したのですか?

 

先生:milie は、11世紀末に成立した『ロランの歌』La Chanson de Roland を記録した写本での綴りだけれど、[miʎə](ミリュ)と読まれていたらしい。[ʎ] は、「湿音の l」といって、現代フランス語には存在しないけれど、現代イタリア語には存在して、例えば figlio「息子」という単語の中では、 -gl- と綴られている。

 

学生:古フランス語の湿音の l は、その後、どう発展しましたか?

 

先生:普通だったら、半母音の [j] に発展する。ラテン語で、母音の前に置かれた -li- は、紀元後に湿音の l になって古フランス語に入り、13世紀から19世紀にかけて、半母音の [j] に変化していく[注2]。これは一般的なことで、例えば、milia と同様の語尾を持つラテン語の filia「娘」は、[fiʎə](フィーリュ)> [fij(ə)](フィーユ)と変化した。

 

学生:それって、現代フランス語の fille のことじゃないですか?

 

先生:その通り。fille も、古い作品の写本では、filie と綴られていることがあるよ[注3]。古フランス語を文字で表現する際には、ラテン語のアルファベットが使われたけれど、湿音の l は、ラテン語にはない音だ。これを表現するのに、初期のテクストでは、古フランス語における音韻の変化を反映して、-li- という綴りが使われ、やがて、-ill- という綴りにとって代わられた、ということ。milie も、mille と綴られるようになる。

 

学生:じゃあ、mille という綴りは、「1000」の複数形の milia が、古フランス語において変化して、 [miʎə](ミリュ)と発音されていたことの名残なのですね。では、どうして、fille と同様に、[mij](ミーユ)にならないで、[mil] (ミル)と発音されるようになったのですか?

 

先生:それは、単数の mil と、複数の mille が、次第に混同されるようになったからだ。フランス語の語源辞典によると、それは、1170年以降のテクストでは、単数であるはずのところに mille と綴られていたり、複数であるはずのところに mil と綴られていたりするということが頻繁に起こるようになる[注4]

 

学生:その結果、[mil](ミル)という音が残った、ということですか?

 

先生:その通り。でも、語源辞典によると、20世紀になっても、mille の -ll- を湿音で発音する地域がかなりあったようだよ。古フランス語の複数形も、方言としては生き残っていたんだね[注5]。18世紀以降の辞書に、-ll- は、湿音ではない、ということわりがわざわざ記されているんだけど、これは、田舎風の発音を嫌ってのことだろうね。

 

学生:どうして、綴りでは、mil よりも、mille の方が多く用いられるようになったのですか?

 

先生:16世紀以降、正書法が確立していく中で、語源であるラテン語の綴りに倣(なら)う、ということが行われた。そこで、ラテン語の形そのものの、mille が採用された、というわけだ。17世紀にウダン Antoine Oudin という言語学者が、さっき話した mil と mille の使い分けのルールを定めて以降[注6]、mil という綴りが使われる機会は少なくなってしまう。

 

学生:ラテン語の mille を語源とするのは、mil という綴りの方なのに、milia を語源とする mille の方がラテン語の形に似ているからという理由で採用された、というわけですね。興味深いです。

 

先生:ところで、他にも、-ille という語尾を、[il]と発音する単語があることを知っているかい?

 

学生:えーっと、「都市」という意味の ville がそうですね。それと…。

 

先生:「静かな」という意味の形容詞の tranquille もそうだよ。

 

学生:やはり、mille と同じような事情があったのでしょうか?

 

先生:ラテン語の綴りに倣った、という点は同じだね。ville は、ラテン語の villa、tranquille は、やはりラテン語の tranquillus に由来する。

 

学生:では、違いは何ですか?

 

先生:これらの単語が、湿音の l とは無縁だったことだ。まず、ville は、俗ラテン語から古フランス語に入った単語だけど、ラテン語の villa は、milia と違って、半母音になる -i- が -l- の後にないから、-l- は湿音化しない。古フランス語の写本では、vile とも ville とも記された。

 

学生:vile としておけば、発音に誤解が生じないのに、どうしてわざわざラテン語の形にあわせて l を重ねたのですか?

 

先生:それは、古フランス語には、vil「卑しい」という形容詞があったから。女性形だと vile という形になる。これと区別するために、ラテン語の語源に近い ville という綴りが優勢になった。

 

学生:なるほど。

 

先生:さらに言うと、huile「油」も、vile と区別するために h の字が語頭に加えられたんだ。この語は、12世紀前半に、古典ラテン語の oleum から借用されたから、h はつかないはずだ[注7]

 

学生:今のよくわからなかったんですが。vile(ヴィル)と uile(ユイル)じゃ、綴りは違いますよね。

 

先生:中世のテクストを収めた写本では、ゴシック書体という書体が使われていたが、u とv の区別はなかったんだよ。

 

学生:なるほど。vil の女性形 vile と区別するために、語源になかった h がつけ加えられて、huile という綴りになったんですね。

 

先生:そういうこと。

 

学生:では、tranquille の場合はどうですか?

 

先生:これも、ラテン語の tranquillus から15世紀に借用された語だから、ラテン語の綴りに倣って、ということだけれど、ville と違って、同音異義語はないから、どうしてずっとこの綴りなのかは、よくわからないところがある。

 

学生:どういうことですか?

 

先生:tranquille と同様に、15世紀にラテン語から借用されてフランス語になった語に imbécile「お馬鹿な」がある。語源は、imbecillus「虚弱な」というラテン語で、tranquillus とは、-illus という語尾を共通して持っている。なのに、現在の綴りでは l は1つだ。こちらは、l が1つか2つかで綴りの揺れがあって、19世紀になってから1つに確定した。アカデミーの辞書では初版(1694)から第4版(1762)までは、imbécille となっているけれど、それ以降は、imbécile になった[注8]

 

学生:imbécile の方は、フランス語の綴り字の読み方の規則に合致させた、というわけですね。

 

先生:その通り。これに対して、tranquille については、アカデミーの辞書の第3版(1740)以降に「ll という綴りは、湿音ではない」という注釈がでてくるのに[注9]、綴りはそのままだ。同音異義語があるわけでなし、どうして imbécile 同様にならなかったのかは、不思議なところだ。

 

学生:先生はどうしてだと思いますか?

 

先生:僕の知る限りでは、誰もこんなことは書いていないけれど、こう思っている人は他にもいるんじゃないかな。tranquille は、ストア派の哲学が言うところの、心が静穏な状態を表すのに使われたから、この語を文字に書き留めることができた当時の知識人は、当然ラテン語の語源を意識して、語源通りに l を重ねて書いたんじゃないだろうか。それに対して、imbécile は、18世紀頃に「虚弱な」という語源から「お馬鹿な」という、日常的な会話にも使う表現に転じたのだけれど、それ以降は、他の意味ではほとんど用いられなくなって[注10]、ラテン語の語源が意識されなくなった、ということじゃないか[注11]。残念なことに、僕が知る限りでは、辞書や、歴史文法の参考書や、語学・語彙論の論文は、こういう証拠を示すのが難しいことには沈黙している。フランス語初学者の「なぜ?」に向き合って勉強していると、よくそういうことを感じるよ。

ミニコラム 「フランス人も迷う -ill- を含む語の発音」

 フランス語の第一群規則動詞の中には、-iller という語尾を持つ語があります。普通は、[ije](ィエ)という発音ですが、まれに [ile](イレ)と発音する語があります。 [distile](ディスティレ)と発音する distiller「蒸留する」、[ɔsile](オスィレ)と発音する osciller「振動する」がそれにあたります。このうち、osciller は、フランス人でも、[ɔsije](オスィエ)と発音する人が多い、間違いやすい動詞です。これは、単語の綴り字が読み方に影響を与えている例ととらえることができます。もともと、[l] と発音されていたのが、[j] にとって代わられた語もあります。vasciller「揺らめく」は、[vasile](ヴァシレ)と [vasije] (ヴァスィエ)との間を揺れ動いて、近年の辞書では、後者のみ載せるようになりつつあります。[sɛ̃tije](サンティエ)と発音する scintiller「煌(きら)めく」、[titije] (ティティエ)と発音する titiller「くすぐる」も、かつては、[sɛ̃tile](サンティレ)、[titile](ティティレ)と発音されていました。これと同様に、さきほど紹介した osciller も、[ɔsije](オスィエ)が標準的になっていくのではないでしょうか? また、今回とりあげた ville(ヴィル)の読みが発音に影響を与えている例もあります。スペインのセビーリャは、スペイン語での発音が湿音の l だから、フランス語にも湿音の l の音で入りました。本来、[sevij] (セヴィーユ)となる筈なのですが、Séville という綴りのせいで、現代フランス語では、[sevil] (セヴィール)と発音されています[注12]

[注]

  1. Dictionnaire de l'Académie française, « « An deux mil » ou « an deux mille » ? » (Questions de langue), https://www.dictionnaire-academie.fr/article/QDL011 (2021/12/11 available)
  2. 湿音の l から半母音の [j] への変化は、13世紀に民衆から始まった。知識人階級においては、長く湿音の l が維持されたが、フランス革命後に、一部の方言を除いて半母音の [j] にとって代わられた。JOLY, Geneviève, Précis de phonétique historique du français, Paris, Armand Colin, 1995, p. 137 ; FOUCHÉ, Pierre, Phonétique historique du français, Paris, Klincksieck 1952-1961, t. 3, p. 918 を参照。
  3. Éd. ODENKIRCHEN, C. J., The Life of St. Alexius, in the Old French version of the Hildesheim manuscript, Brookline, Leyden, 1978, vv. 40 et 465.
  4. WARTBURG, Walther von et al., Französisches Etymologisches Wörterbuch. Eine Darstellung des galloromanischen Sprachschatzes, 25 vol., Bonn/Heidelberg/Leipzig-Berlin/Bâle, Klopp/Winter/Teubner/Zbinden, 1922-2002, t. 6, p. 92a. (« mille » の項目)
  5. Ibid., t. 6, pp. 89b, 92a.
  6. OUDIN, Antoine, Grammaire françoise rapportée au langage de temps, Paris, Antoine de Sommaville, 1640 [2e éd.], p. 92.
  7. REY, Alain, Le Dictionnaire historique de la langue française, Paris, Le Robert, 2018, « huile ».
  8. Trésor de la Langue Française informatisé (TLFi), « imbécile », https://www.cnrtl.fr/definition/imbécile/1 (2021/12/1 available)
  9. Dictionnaire de l'Académie française, 3e édition (1740), « tranquille », https://www.dictionnaire-academie.fr/article/A3T0575 (2021/12/1 available)
  10. WARTBURG, op. cit., t.4, p. 567a.(« imbecillus » の項目)
  11. imbécile の名詞形 imbéciité は、1990年にアカデミー・フランセーズによって編まれた綴り字改革の指針でこの形にするように提案されるまでは、imbécillité と綴られていた(« Rectifications orthographiques du français en 1990 », https://www.grevisse.fr/sites/default/files/rectifications_1990.pdf, (2021/12/1 available), p. 15)。現在編纂中で、Web で公開されているアカデミーの辞書の第9版(1992-)では、imbéciité という綴りが採用されているが、今もなお、多くの辞書で、imbécillité のままである。imbécile の l が 1 つになっても、その名詞形がラテン語の語源に倣って l を重ねて綴り続けられてきたことには、tranquille と同様に、この語が形容詞とは違って、「賢さ」に対する「愚かさ」として哲学的な考察の対象になったことが関係しているのかもしれない。
  12. MARTINON, Philippe, Comment on prononce le français, Paris, Larousse, 1913, p. 266, note 3. (https://archive.org/details/commentonprononc00martuoft/page/266/mode/2up?view=theater, (2021/12/1 available))

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検準2級・3級対応 クラウン フランス語単語 中級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

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「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

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