タイプライターに魅せられた男たち・第3回

クリストファー・レイサム・ショールズ(3)

筆者:
2011年9月8日
1867年10月特許出願のタイプライター(復元図)

1867年10月特許出願のタイプライター(復元図)

1867年10月11日、ショールズとグリデンとソレーは共同で、最初のタイプライター特許を出願しました。このタイプライターは、キーを押すとそれに対応する活字棒が跳ね上がってきて、原稿用紙の裏を叩きます。原稿用紙の表にはカーボン紙が取り付けられていて、そこに裏から叩かれた原稿用紙があたることで、原稿用紙の表面に文字が印字されるのです。キーを離すと活字棒は元の位置に戻り、原稿用紙全体が左に1文字分移動します。非鏡像活字(一般の活字と違って普通に読める)は、大文字のA~Zと数字の2~9とハイフンとピリオドの36種類が準備されていて、それぞれ対応するキーが2列に並んでいました。

ショールズたちは、このタイプライターを使って、あちこちに手紙を書きました。宣伝と耐久試験を兼ねて、このタイプライターが実用化できるのかどうか、実用化できるのならどのような用途があるのか、ショールズたちは探っていたのです。そうしたところ、ウェラーが、新たなヒントをくれました。ウェスタン・ユニオン・テレグラフ社が新たに導入した『印刷電信機』を、ショールズに見せてくれたのです。

ウェスタン・ユニオン・テレグラフ社の『印刷電信機』(U.S. Patent No. 26003)

ウェスタン・ユニオン・テレグラフ社の『印刷電信機』(U.S. Patent No. 26003)

この『印刷電信機』は、送信機と受信機から出来ていて、モールス符号を覚えなくても電信を送受信できるように、設計されたものでした。送信機にはピアノに似た鍵盤(キーボード)が取り付けられていて、それぞれのキーにはA~Zのアルファベットが書かれていました。キーを押すと、それぞれの文字に対応した電気信号が受信機に送られます。受信機では、受け取った電気信号に合わせて、紙テープに文字が順に印字されるという仕掛けでした。『印刷電信機』では、送信機と受信機は遠く離れたところに置かれるのですが、これをすぐそばに置けば、ショールズたちのタイプライターと同様のことができるのです。ウェラーは、この『印刷電信機』をショールズに見せた後、しばらくしてセントルイスへと去っていきました。

1868年3月、デンスモアがミルウォーキーにやって来ました。タイプライターで打たれた手紙をショールズから受け取ったデンスモアは、タイプライターに新たなビジネスチャンスを見いだしていました。ショールズとグリデンとソレーは、デンスモアをスポンサーとして、新たなタイプライター特許を申請しました。このタイプライターは、ピアノに似た鍵盤を有していましたが、それは実は『印刷電信機』の鍵盤を模したものだったのです。もちろん、このタイプライターは、電源を必要とはしないし、紙テープではなく原稿用紙に印字するものでした。

1868年5月特許出願のタイプライター

1868年5月特許出願のタイプライター

クリストファー・レイサム・ショールズ(4)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。