タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(42):Noiseless Typewriter Model 3

筆者:
2018年10月11日
『Typewriter Topics』1917年1月号
『Typewriter Topics』1917年1月号

「Noiseless Typewriter Model 3」は、コルビー(Charles William Colby)率いるノイズレス・タイプライター社が、1915年に発売したタイプライターです。父親(Charles Carroll Colby)が遺したタイプライター会社を継いだコルビーは、キダー(Wellington Parker Kidder)が発明したスラスト・アクションという印字機構をもとに、印字音が静かなタイプライターを目ざしていました。

「Noiseless Typewriter Model 3」の最大の特徴は、スラスト・アクションと呼ばれる印字機構にあります。各キーを押すと、対応する活字棒(type bar)が、ほぼまっすぐプラテンに向かって飛び出します。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあって、飛び出した活字棒は紙の前面に印字をおこないます。活字棒の反対側には、活字とほぼ同じ重さの錘りが付いていて、これが活字棒の動作を俊敏にしており、この結果、短い動作で印字音を小さくすることに成功しています。プラテンと活字棒の距離は、フロントパネルにあるダイヤルで調節します。これによって、印字の濃さと印字音の静かさ、どちらを取るかを、適宜、調節できるのです。

28本の活字棒には、それぞれ活字が上下に3つずつ埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により最大84種類の文字が印字されます。キーボード下段の左右端にある「CAP」キーを押すと、プラテンが持ち上がって、大文字が印字されるようになります。左側の「CAP」キーには、すぐ下に「LOCK」キーが付いていて、「CAP」キーを押しっぱなしにできます。キーボード中段の左端にある「FIG」キーを押すと、プラテンが下がって、数字や記号が印字されるようになります。「FIG」キーの上には「LOCK」キーが付いていて、「FIG」キーを押しっぱなしにできます。

「Noiseless Typewriter Model 3」のキーボードは、上の広告にもあるように、基本的にはQWERTY配列です。上段のキーには、小文字側にqwertyuiopが、大文字側にQWERTYUIOPが、記号側に1234567890が、それぞれ配置されていて、右端に「BACK SPACE」キーがあります。中段のキーには、小文字側にasdfghjklが、大文字側にASDFGHJKLが、記号側に@$%:*-/¢#が配置されていて、左端に「FIG」キー、右端に「TABULATOR」キーがあります。下段のキーには、小文字側にzxcvbnm,.が、大文字側にZXCVBNM&.が、記号側に()?'";_,.が配置されていて、左右端に「CAP」キーがあります。スペースバーの右下にあるのは、「MARGIN RELEASE」キーです。28本の活字棒に、それぞれ3種類の文字が埋め込まれているので、最大84種類の文字を印字可能なのですが、上の広告ではコンマとピリオドがダブっているため、81種類となっています。

コルビーが掲げる「静かなタイプライター」というアイデアは、オフィスなどでも徐々に受け入れられつつありました。ただ、それを実現するためのスラスト・アクションという印字機構は、かなり故障が発生しやすく、「Noiseless Typewriter Model 3」の売り上げには、なかなか繋がらなかったようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。