地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第166回 田中宣廣さん:動く「方言エール」~東日本大震災復興の方言メッセージ(3)

筆者:
2011年9月3日

第146回第156回で東日本大震災の被災地における方言エールを報告してきました。

第156回においては,その類型を考察し,構成は「エール+地名」が基本であることがわかりました。

エールの意味には,発信源と被災者の立場の関係も的確に反映されています。地元の人が発信源なら勧誘(がんばっぺし,他),外部からの救援の自衛隊のものでは意志(まげねど)の他,命令(けっぱれ)がありました。

(写真はすべて筆者撮影)

【写真1 芸能人の方言エール】
【写真1 芸能人の方言エール】(クリックで拡大)
【写真2 那覇太鼓のチバリヨー】
【写真2 那覇太鼓のチバリヨー】(クリックで全体表示)
【写真3 高校文化祭のポスター】
【写真3 高校文化祭のポスター】(クリックで全体表示)
【写真4 図案化された方言エール】
【写真4 図案化された方言エール】(クリックで拡大)

今回は,方言エールの考察の3回目として,その応用例について考えます。

外部から被災地を訪れる方は,震災直後からは救援隊でした。それが,先日,自衛隊が完全撤退するなど,救援の段階は,ひとまず収まりました。今は,全国各地からの警察の応援やボランティアといった支援隊,そして,芸能人やその他の激励の皆さんです。その激励の皆さんも,方言エールをくださいました。

芸能人は,訪れた先で色紙にサインを残しますが,それに方言エールを添えた例が多数あります。発信源は外部からの激励者ですが,訪問した被災地(今回の例は,岩手県宮古市)の方言「がんばっぺ(す)」による方言エールです。【写真1】

また,激励者側の地域の方言を使った珍しい例もあります。沖縄の「那覇太鼓」の大きな日の丸です。沖縄の方言で「チバリヨー東北」です。岩手県内各地では8月にエイサーなどを披露しました。【写真2】~寄せ書きは,被災者たちの感謝の言葉です。同団体のWebページ内には,元の図案の画像があります。

それと,被災地発信のものも,二つの方向に発展(進化)しています。

一つは,構成の応用です。岩手県立宮古高校の文化祭のポスターの方言エール「ガンバッペ宮高」は,「エール+校名」になっています。最初は基本の「エール+地名(宮古)」だったのを,後に修正したものです。あまりに多い「ガンバッペ宮古」のままとせず,独創性が出ています。【写真3】

もう一つはデザイン化です。第156回の写真2の岩手県宮古市の方言ステッカーでその萌芽が見られ,第161回の写真1の岩手県陸前高田市の「がんぱっぺし」では,現在の同市の象徴としての希望の一本松を中心に実に整った図案となっています。

宮古市でも,陸前高田市の例にもあった方言エールのローマ字表記を混ぜる方式が採用された図案が用いられています。【写真4】

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。