今回は、福島県会津若松市の方言を中心に紹介します。福島県は、南北に走る山脈の地形から、言語の分布も、太平洋岸の浜通り、中央部の中通り、もっとも内陸部にある会津若松市の3つの地域に分けられます。会津若松市は、昔から城下町として栄えてきただけに、上下関係を表す敬語が発達しています。
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店先の二つ並んだいすに「休んでいがんしょ」(休んでいってください・依頼形【写真1】)と書いてあります。お店の人に聞いたところ、歩くのに疲れた人がひとときゆっくり休んでいくのだそうです。親しい間柄のときは、もう少し命令口調で「休んでいがっせぇえ」(休んでいきなさい・命令形)と動詞との間に促音が入った「っせ」の親愛の表現を使うこともあります。
「~しょ」(~てください)は、軽い敬意をもって相手に求める言い方です。福島県、群馬県、茨城県、長野県など関東甲信越地方に分布しています(第44回「もてなしの方言(関東・甲信越地方)」・第155回「もてなしの方言(長野・再び)」参照)。第157回では、「~しょ」のつく言いかたの地理的な広がりが地図で示されています。日本語史における歴史的な位置づけができます。一地点でみると、社会的な使い分けも見えてきます。
いすに座って見あげると、「よぐきらったなし。おわいなはんしょ」【写真2】と書かれたのれんが下がっていました。「おわい」は、「おはいり」または「お上がり」の意味です。江戸時代に「おわいー、おわいー」と客人を呼びこんだ形が今に伝えられています。
「なはんしょ」は、相手を敬う言いかたで「なさいませ」、つまり、「いらっしゃいませ」という意味です。
「よぐきらったなし」は「よく来られましたねえ」という意味ですが、「~なし」は、「そうだなし」「そうだない」「そうだね」というぐあいに「~ない」、「~ね」などに変化しました。「なし」は、敬意の表現です。
ゆっくり休んだところでいやしの方言に招かれて、お客は、そのまま店内に入っておみやげを買うというぐあいです。
【写真3】の「よってがんしょ」も【写真1】の「休んでいがんしょ」と同様、「しょ」の例です。「寄ってください」という意味です。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。