「潟」は煩瑣な字体であるため、新潟では、手書きでしばしば略して筆記されている。看板などでもそのようにデザインされたものもあるくらいだ。省略の度合いには、いくつかの段階がある。例を挙げよう。
最後のものは、前回来た時にも看板に大きく書かれているのが印象深かった。ここで育ったのに、この字体を知らないという学生は、本当に見ていないのか。この字体を目にしても、文脈とだいたいの字体から「潟」と何となく解していたのだろうか。
2010年8月8日に、新潟の六日町に設けられた足湯につかっているときに、たまたま入りにいらした地元の50代の男性が興味深いことを話して下さった。それは、書類に書いて提出しても字が違うと言って「はねられねーと」(はねられなければ)、「潟」は略字(それもたしか「旧」と「写」との2段階)で書くというのだ。
一期一会のその対話から、いわゆる正誤でも通用でもない、新たな意識の存在を知らされた。場面文字の切り替えの意識だ。この部分は、「ドキュメント20min.」というテレビ放送では、残念ながらカットされてしまっていて全く使われなかったのだが、NHKには収録したビデオが残っているはずである。汗だくの中で聞けたお話に、自販機の缶ジュース1本だけのお礼となり、今でも申し訳ない気分でいる。こうした昨今と違って、芭蕉の頃は、地域文字という限定も場面文字という限定も、漢学者らを除けば、なかったようだ。
数年前に、県議会やマスコミを巻き込んで、この「」という字体を使わないようにしようという動きがあった。この略字をやめようというその主張と運動は、中国人がこれを見たら下痢の意味と解釈してしまってイメージが悪くなるから、という理由だった。地元の新聞からの取材には、私も研究者としてそれに対するコメントをいくつか寄せた。
「一瀉千里」「止瀉薬」の「瀉」、つまり宀(ウかんむり)が余分な字の中国語での簡体字と混同された議論であった。中国人留学生たちに聞くと、下痢を思い浮かべる人と、ただの固有名詞としか感じられないという人とに分かれた。確かに中国で人気の高級な日本米の袋においては、この略字が書かれたならば誤解といっても不利な字かもしれない。なお、日本でも「吐瀉」を嘔吐の意だけの意で用いることが生じている。単独の「寫」は、中国で「写(一は右に接しない)」、日本で「写」と略され、公認されている。
しかし、中国では、すでに「潟」という字は死字に近く、字義も字音も知らないという人がほとんどだ。そこで下痢という意味も持つ「瀉」の字音で、「潟」という字体であっても読んでしまっている。一種の類推読みであり、別字の混同が起きているのだ。中国の人々は「潟」という字を発音も意味も忘れてしまって、中国ではこれはほとんど古字のようになった。そのため、「潟」の略字を見ても、「瀉」の簡体字を見ても、下痢の意の字と認識してしまう。単に簡体字と略字が似ているためではないことは、「潟」を見ても同様に誤解することからも明らかなのだ。
この字体を叩く動きもあったが、むしろ、中国にはその字ではなく「潟」ですよ、と新潟の「潟」を中国での正式な字音(xie4 シエではなく xi4 シー)とともにきちんと広報した方が良いのではないか。現行の中日辞典にさえ、「潟湖」を「瀉(簡体字)湖」として載せるものがあるほどだ。中国人の誤解を解くようにアピールすべきであった。それと同様の混淆は、栃木県の「栃」などにも起きている。中国ではより馴染みのある「櫪」の簡体字「」(li4 リー)と誤認され、その字義で理解されることが多い(幸いなことに、発音はとたまたま同じ)。
会津の「喜多方」の米は、確かに中国語圏では、縁起が良いと売れている。卓球の福原愛も同様にめでたい名前だという理由からも人気を集める。かつての大平首相も福⽥⾸相も、その姓でおめでたいと人気だったそうだ。可口可楽(コカコーラ)など、固有名詞では、中国でも漢字に表意性が発揮され、それが意識され続けるものがある程度は存在する。