地元の人たちに親しまれてきた各地の商店街に、近年、空き店舗が目立つようになったという話をよく聞きます。原因として、近郊に大型の商業施設が進出し、若者などは車でそこに集中するので、在来の店は苦戦を余儀なくされていること。また、後継ぎがいなかったり、改装や改築をしようにも費用がかさみリニューアルが難しいことなど、いろいろな理由が挙げられます。
そうやって店を閉めたり、やむなく空き店舗になったりしてシャッターが下りたままの店があると、商店街の活気にも水を差すことになります。空いた建物を借り受けるなどして有効に活用し、買い物の人たちに休憩所として提供しているところは、おそらく全国にあるでしょう。
大分県にも、そういった空間に方言で名前を付けた休憩施設があります。
県南部の海岸部に位置する津久見市の駅前商店街に「よらんせ」という名前の付いた休憩スペースが、津久見商工会議所の手で平成16年8月に設置されました。名前からして、どうぞ気軽に〔お寄りなさい〕と呼びかけています。地元の人たちに親しみをもってもらえる名前を……と、機関紙などで募集して決めたものだということです。
JR津久見駅にも、バスターミナルにも、また港のフェリー乗り場にも近い好立地を活かして、商店街の利用者はもちろん、交通機関の待合所的な役割も果たしています。
方言の「~んせ」というのは、軽い敬意や親しみを込めた表現で、活用形で言うと「行かんせ、来(こ)んせ、せんせ〔しなさい〕、……」などのような命令形と、「行かんすな、来(こ)んすな、せんすな、……」のような禁止形だけが使われています。その他の、例えば「先生が来んした、早う来んせばいいのに……」などといった言い方はできません。
この「~んせ、~んすな」が使われているのは、大分市の東部から佐賀関町(最近は豊後水道の急な潮の流れで身が締まった「関アジ、関サバ」で有名)にかけて、さらにそこからず~っと南にかけての海岸部一帯で、大分県内では、いかにもこの地域らしさを感じさせる表現です。
命令形と禁止形(=否定の命令形)だけが使われるというのは、故ないことではありません。大分県の方言には敬語の要素が非常に少ないと言われていますが、ギリギリ必要なところだけに、すなわち命令形と禁止形という相手に直接働きかける文脈でのみ敬語を使って表現しているわけです。いわば“省エネ、省敬語”の表現法です。
なお、近年、大分県の若い世代では、「早く行きよ、来(き)よ、しよ〔しなさい〕」のような、連用形に「よ」を付けてやわらかい指示やソフトな命令を表す傾向が強くなっており、いわゆる活用形の命令形はストレートな語感が強く感じられるために使用度が下がっています。それはこの地域でも同様で、命令形の「行かんせ」などは「行きよ」などに変わりつつあり、禁止形の「行かんすな」などのほうだけが使われることが多くなっています。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。