奈良県では、京都や大阪に近い方言を使うことから、なかなか方言の使用例を見つけるのは、難しいとされていました。ところが、2010年に、平城京遷都1300年を記念して、さまざまな記念行事が行われ、多くの観光客が奈良を訪れるようになりました。経済効果があって方言の使用が見られました。
最初に紹介するのは、「奈良へ行ってきましてん!!」(奈良へ行って来ましたよ【写真1】)です。「~てん」「~ねん」は、話し手の見解や意志を伝達します。「~てん」は、「あの店で買いましてん」のように、過去に使います。それに対して、これからのことは、「来月、また旅行に行きますねん」のように言います。「先、行ってんか」(先に行ってください)のように相手に依頼するときにも「~てん」が使われます。
【写真2】は、「よばれや」の店の看板です。そして、【写真3】は、「よばれやの夏ごはん」の宣伝です。「奈良のおいしいもんと創作おでん」と書いてあります。
「よばれや」の「よばれる」は、動詞の「食べる」の意味ですが、もともとは、「食事に招かれる」という意味でした。「よばれ屋」という店の名前と、「食べなさい」という意味をかけています。「はよ、よばれや」(軽い命令)、「たくさん、よばれや」(勧誘)のように「や」は、そのほか、禁止、依頼などにも使います。
「えんぎもんや」【写真4】は、おなじみのキティーちゃんですが、赤い座布団に座って、「福」をかかえています。キティーちゃんのまわりには、小判がちりばめられています。この「~や」は、断定の表現です。つまり、「縁起ものだ!」と断定しているのです。奈良県では、南部で「~や」が「~じゃ」になる地方もあります。
最後の「奈良、たのしかったで~」(奈良、楽しかったですよ【写真5】)の「で~」は、「で」と短くなったり、「や」とともに「やで」の形をとることもあります。標準語の「~よ」「~ぜ」に相当します。文末につけて念押しをしたり、「ほんまやで」のように断定の意味を伝えます。
以上の例は、平城京遷都1300年記念祭に訪れた観光客がもたらした経済効果と、方言みやげの関係を「地域語と経済の関係」として考えるよい例です。方言みやげは、経済だけでなく、奈良県人みずからのアイデンティティを反映する役割も果たしています。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。