タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(12):Crandall New Model

筆者:
2017年7月27日
『Scribner's Magazine』1888年12月号

『Scribner’s Magazine』1888年12月号

「Crandall New Model」は、クランドール(Lucien Stephen Crandall)が、1886年から1894年頃にかけて、ニューヨーク州グロトンで製造していたタイプライターです。ただし、クランドールは一夫多妻主義者で、グロトン以外にも複数の生活拠点があったらしく、「Crandall New Model」の注文販売は、ニューヨーク州ビンガムトンのアイルランド・ベネディクト社にまかせていました。「Crandall New Model」の特徴は、タイプ・スリーブ(type sleeve)と呼ばれる金属製の活字円筒が、プラテンのすぐ手前にそびえ立っていて、他には印字機構が見当たらない点です。タイプ・スリーブには、84個(14個×6列)の活字が埋め込まれていて、このタイプ・スリーブが、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。84個の活字は、最上列とその次の列が小文字、真ん中の2列が大文字、下の2列が数字と記号になっています。

キーボードも特徴的で、29個のキーが、上段に14個、下段に15個(空白を含む)、扇状に並んでいます。上段のキーはzprchmilfesdbkと並んでおり、下段のキーは真ん中に空白があってjvxunw. ,toagyqと並んでいます。各キーを押すと、タイプ・スリーブが回転し、対応する文字がプラテン側に来ると同時に、倒れ込むように叩きつけられて、印字がおこなわれます。前面右側の「CAP’S」キーを押し下げると、タイプ・スリーブが上がって、大文字が印字されます。ただし、ピリオド・空白・コンマは、そのままです。前面左側の「F&P.」キーを押し下げると、さらにタイプ・スリーブが上がって、上段のキーは12345&’-;67890に、下段のキーは!$¢_/#. ,:%”()?になります。この仕掛けにより、最大84種類の文字が印字できるのですが、通常はピリオドとコンマの活字を3個ずつ重複して埋め込んでおり、全部で80種類の文字となっていたようです。

「Crandall New Model」では、印字がプラテンの前面におこなわれることから、印字した文字が、すぐ直後にオペレータから見えるようになっています。また、タイプ・スリーブの交換は、オペレータが簡単におこなえるようになっており、別の種類の活字や字体に対応可能というのが、上の広告にもあるとおり「Crandall New Model」の売りでした。ただ、残念ながら「Crandall New Model」の印字機構は、高速な印字には向いておらず、調整もかなり面倒でした。それに加え、傷んだ活字だけを単独で交換することができず、タイプ・スリーブ全体を交換しなければいけなかったのです。独創的な印字機構が、むしろ「Crandall New Model」の寿命を縮めた、と言えるのかもしれません。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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