タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(31):Emerson No.3

筆者:
2018年4月26日
『Popular Mechanics』1911年8月号

『Popular Mechanics』1911年8月号

「Emerson No.3」は、エマーソン・タイプライター社が1909年に発売したタイプライターです。設計はウーリッグ(Richard William Uhlig)がおこなったのですが、上の広告の時点では、ウーリッグはエマーソン・タイプライター社を離れており、シアーズ・ローバック社のローバック(Alvah Curtis Roebuck)がエマーソン・タイプライター社を率いていました。

「Emerson No.3」の特徴は、ロータリー・アクションと呼ばれる独特の印字機構にあります。プラテンの前には、左右に14本ずつ、合わせて28本の活字棒(type bar)が配置されています。各キーを押すと、対応する活字棒が真横に飛び出して、円弧を描きながらプラテンへと向かいます。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあります。飛び出した活字棒は、中心角が約90度の円弧軌道を描きつつ、プラテンの中央の印字点で、紙の前面に印字をおこなうのです。

活字棒の先には、それぞれ上中下3つずつの活字が、ほぼ真横を向いて埋め込まれています。上段の活字は大文字、中段の活字は小文字、下段の活字は数字や記号です。通常の状態では小文字が印字されるのですが、キーボード左端の「CAPS」キーを押すと、活字棒全体が下がって、大文字が印字されるようになります。あるいは「FIG」キーを押すと、活字棒全体が上がって、数字や記号が印字されるようになります。この機構により、28本の活字棒で、最大84種類の文字が打てるようになっているのです。

「Emerson No.3」のキーボードは、基本的にはQWERTY配列で、上段の記号側には1234567890が、中段の記号側には@$%&#£/-_が、下段の記号側には()?’”:;,.が、それぞれ並んでいます。コンマとピリオドは、大文字や小文字でも下段の同じキーに配置されており、結果として80種類の文字が収録されています。「L」のすぐ右にあるのは、バックスペースキーです。上段のさらに上にある「70」「60」「50」「30」「20」「10」はタブキーで、数字で示された文字数のカラム位置へ、プラテンを移動させます。真ん中の「R.S.」キーは、黒赤インクリボンの切り替えです。

上の広告の直後に、ローバックは、エマーソン・タイプライターを社名変更し、ローバック・タイプライター社としました。その後もローバック・タイプライター社は、「Emerson No.3」を製造販売し続けましたが、1914年にウッドストック・タイプライター社へと社名変更するに至って、「Emerson No.3」の製造を終了したようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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