タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(30):Brother Valiant JPI-121

筆者:
2018年4月12日
『朝日ジャーナル』1964年4月26日号

『朝日ジャーナル』1964年4月26日号

「Brother Valiant JPI-121」は、ブラザー工業が1961年に発売した「Brother Valiant JPI-111」の後継機にあたります。元々は輸出用に開発された「Brother Valiant JPI-111」ですが、日本国内でのタイプライター需要も高まってきたことから、改良型の「Brother Valiant JPI-121」を1962年に発売したのです。

「Brother Valiant JPI-121」は、44キーのフロントストライク式タイプライターです。プラテンの手前に44本の活字棒(type arm)が配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。複数のキーを同時に押すと、複数の活字棒が印字点で衝突して引っかかってしまい、そのまま動かなくなるという欠点はあったものの、印字の強さを左端のレバーで設定(HはHeavy、LはLight)できるなど、小型の機械式タイプライターとしては、かなり高い性能を誇っていたようです。

「Brother Valiant JPI-121」のキー配列は、上の広告に見える英文標準配列が基本です。これに加え、ユニバーサル配列(英・独・仏語兼用)、ドイツ語配列、スペイン語配列、ローマ字配列、カナ英文コンビ配列なども、受注生産していました。中でもカナ英文コンビ配列は、カタカナ46字と濁点・半濁点・長音・句点・読点に加え、英大文字26字・数字8字・左カッコ・右カッコ・スラッシュからなる88字のキー配列で、日本国内での需要に合わせたものです。カナ英文コンビ配列の最上段は、シフト側がム23456789()-と、カタカナ側がメフアウエオヤユヨワホヘと並んでいます。次の段は、左端にマージンリリースキー、右端にバックスペースキーがあって、シフト側がQWERTYUIOP゚と、カタカナ側がタテイスカンナニラゼと並んでいます。その次の段は、左端にシフトロックキーがあって、シフト側がASDFGHJKLソ/と、カタカナ側がチトシハキクマノリレケと並んでいます。最下段は、両端にシフトキーがあって、シフト側がZXCVBNMヌロ,と、カタカナ側がツサヲヒコミモネル.と並んでいます。カナ英文コンビ配列では、数字の「1」は英大文字の「I」で、数字の「0」は英大文字の「O」で、それぞれ代用することが想定されていたようです。

ブラザー工業は、1964年に開催された東京オリンピックのプレスセンターで、「Brother Valiant JPI-121」など約300台のタイプライターを、外国人記者たちに無償で提供しました。その後もブラザー工業は、新たなモデルの発表を続け、国産タイプライターのトップシェアを、維持し続けたのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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