『三省堂国語辞典』の編集主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)が、生涯にのべ140万語以上の現代語を集めたことは触れました。彼が材料としたものは、新聞・雑誌から、テレビ・ラジオ、小説、町の看板、人々の会話など、多岐にわたっていました。つまり、およそ現代語と名のつくものすべてが関心の対象でした。
この姿勢は、現在の『三国』にも受けつがれています。日々、私たちの目に触れる日本語、耳に入る日本語は、すべて大切な資料となります【写真1】。注意の引かれたことばは、原文どおりに記録され、最終的にはコンピュータのデータとして集められます【写真2】。
古典や漢籍だけにあるようなことばは除かれますが、落語や時代劇のことばも、古語ではなく、まぎれもない現代語のうちに入ります。新聞の俳句欄のことばもそうです。これらすべてを対象にするのですから、常にアンテナを張っていなければなりません。
そんな方法をとらなくても、たとえば、文学全集と新聞、などというふうに採集範囲を決めて、毎日一定の進度で作業を進めていけば、ずっと能率がよくなるはずです。また、むだも大はばに省けるはずです。でも、『三国』は、現代語の全体像を、鏡のように映し出したいと考えます。司馬遼太郎の小説に出てくる硬い漢語も、『non-no』や『週刊プレイボーイ』に出て来るくだけた言い回しも、分け隔てなく扱います。
たとえば、今回の第6版に「切れ子」という項目が新しく入りましたが、これは文学作品や新聞記事にはあまり出てこないことばです。でも、スーパーマーケットに行くと、「切れ子」なるものはごくふつうに売られています。
〈魚卵1パック500円均一(税込)/無着色明太子(切れ子込み)(120g)/無着色たらこ(切れ子込み)(110g)〉(「イトーヨーカドー」ちらし〔東京都東村山地区〕2006.10.7)
「切れ子」とはつまり、〈たらこ・すじこなどが、欠けたり、うす皮がはがれたりしたもの〉のことです。この場合は、スーパーのちらしが重要な用例になっています。
こんな具合に、およそ現代語ならどんな材料でも等しく採集対象にする辞書は、『三国』をおいてほかにないはずです。『三国』のページをめくっていると、日本語は文学者や文筆家が作っているのではなく、さまざまな生活を営む、世の中のあらゆる人が作っていることが感じられて、楽しい気持ちになります。