漢字雑感

第10回 漢字字体の簡略化―いわゆる新字体―

筆者:
2016年1月18日

戦前においては、日本の漢字も中国の漢字も同一の形をしていた。このため、日本人は、中国で書かれた文章でも読むことが出来た。仮に中国語としての発音が出来なくとも、古くから行われてきた、漢文訓読という方法を用いることによって読めたのである。このことは現代においても同様である。従って、中国語を知らない筆者でも、常時、中国の字書類を使っている。

簡体字(左)と繁体字(右)の例。上から「漢」「書」「動」「楽」

簡体字(左)と繁体字(右)の例。
上から「漢」「書」「動」「楽」

戦前における時代の、規範的な漢字の字体は、中国で作られた『康煕字典』(康煕55年〈1716〉完成)という字書であった。今日の日本でも、活字の中には「字典体」と呼ばれるものが残っているはずである。

今日では、昭和24年(1949)に「当用漢字字体表」(同年4月28日内閣告示)が告示され、学校教育の現場を始め、新聞雑誌等で広く普及した。いわゆる「新字体」である。このため、中国語としての漢字の形とは隔たりができ、結果として、中国語で書かれたものが読めなくなっていった。しかし、ここには中国における漢字字形上の簡略化も行われたため、本来同一であった、日本の漢字と中国の漢字との隔たりが大きくなった。結果として、中国語で書かれた文章を簡単には読めなくなったのである。なお、中国でも、1949年以降、漢字の簡略化(中国では「漢字簡化」という)が行われた。

中国においては、簡略化された漢字を「簡体字」といい、簡略化以前の漢字を「繁体字」という。日本では、一般に、新字体、旧字体という言い方をしている。なお、現行の常用漢字については、平成23年3月刊行の『常用漢字表 平成22年11月30日 内閣告示』のなかに、新字体・旧字体を併記してある。また、常用漢字の字体についての解説も付されている。このほか、旧文部省の時代から刊行されてきた、「国語シリーズ」の一冊として、林大氏による、『当用漢字体表の問題点』(国語シリーズ 国語問題編13)がある。

中国の簡体字については、繁体字とともに具体例のいくつかを上に例示した。例示の繁体字(右)から、簡体字(左)の字形を考えてみてほしい。また、日本の新字体と比較してみてほしい。

こうした、漢字の字形の簡略化は、漢字字書の上で一種の混乱を生じさせた。すなわち、『康煕字典』によって、一つの規範が示され、守られてきた、個々の漢字についての所属部首の問題がある。現行では、字書ごとに所属の部首が異なるということも少なくない。また、従来なかった新部首とでもいえるものも生まれた。たとえば、「新部首」と呼ばれるものは、従来からある部首に漢字検索の便を考え、新字体用を中心に新たに作られたものであるが、字書ごとの統一が図られているとは言いがたく、その形も数もまちまちである。なお、『康煕字典』には、214の部首が設けられている。戦前までの漢和辞典類では、これが標準的なものであった。なお、便宜上、いくつかの部首が加えられたものもあるが、基本はあくまでも、この214部首であった。

筆者プロフィール

岩淵 匡 ( いわぶち・ただす)

国語学者。文学博士。元早稲田大学大学院教授。全国大学国語国文学会理事、文化審議会国語分科会委員などを務める。『日本語文法』(白帝社)、『日本語文法用語辞典』(三省堂)、『日本語学辞典』(おうふう)、『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 本文編』『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 索引編』(ともに笠間書院)など。

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辞典によって部首が違うのはなぜ? なりたちっていくつもあるの? 編集部にも漢字について日々多くのお問い合わせが寄せられます。
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