漢字雑感

第9回 難読語としての熟字訓

筆者:
2015年12月14日

漢字一字一字に音と訓があるのが一般的である。しかし、前回述べたように日本製の漢字、すなわち国字には、訓のみがあり、音を持つものは例外的なものである。一方、二字以上の漢字の組み合わせに対して、一つの訓が与えられているものもある。こうした訓について熟字訓と呼ぶことがある。

『新明解現代漢和辞典』から「水」の項目

『新明解現代漢和辞典』から「水」の項目

たとえば、実りの時期に、田んぼなどに立てられている、「案山子」は、アンサンシではなくて、カカシである。このような例も少なくない。漢字一字に対して、一語の日本語を与えて、それを訓と呼ぶ。また二字以上の漢字の組み合わせからなる単語に、日本語一語を対応させてあるものが、熟字訓なのである。言ってみれば、日本語の単語一語に対して、漢字二字以上が組み合わさった単語を対応させたものである。

なお、この「熟字訓」という語は、三省堂の漢字辞典では使っておらず、『全訳 漢辞海 第三版』(三省堂2011;初版は2000)では、「難読語」としている。いわゆる「熟字訓」は、確かに難読語ではあるが、古くから使われてきた、一種の専門語でもあるので、国語辞典など以外に、一般に広く通用しているとは限らない。『漢辞海』はこうした事情を考慮した結果なのであろう。いくつか例をあげると、以下のようなものがある。

一昨日 おととい、おとつい
明日 あす
黄昏 たそがれ
九十九折り つづらおり
余波 なごり
巫山戯る ふざける
土筆 つくし
菖蒲 あやめ
蜻蛉 とんぼ
家鴨 あひる

こうした熟字訓は、動植物名にも多く見られる。このため簡単には読めないという事態が多く生ずる。その場合は、やむをえないので、漢和辞典類で読みを確かめるか、難読語辞典類などを使って読みを確かめるほかない場合が少なくない。また、国語辞典類にも難読語の読みを確かめるための手引きがつけられている場合もあるので、漢和辞典や国語辞典を確かめてみることが肝要である。

なお、三省堂から出版されている『新明解現代漢和辞典』『全訳 漢辞海』の場合には、見出しとなっている個々の漢字の項目内に「難読」という項を設けている。この項の中に、いわゆる熟字訓について併記してある。これらの表示等については、出版社ごとに異なっているので、手持ちの辞書の該当漢字項目内に「難読」項があるかどうか、またその中に、求める「難読語」のリストががあるか否か、またそこに求める語が挙げてあるかどうか、よく調べてみるとよい。

『新明解現代漢和辞典』の場合の例を上に示しておく。

筆者プロフィール

岩淵 匡 ( いわぶち・ただす)

国語学者。文学博士。元早稲田大学大学院教授。全国大学国語国文学会理事、文化審議会国語分科会委員などを務める。『日本語文法』(白帝社)、『日本語文法用語辞典』(三省堂)、『日本語学辞典』(おうふう)、『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 本文編』『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 索引編』(ともに笠間書院)など。

編集部から

辞典によって部首が違うのはなぜ? なりたちっていくつもあるの? 編集部にも漢字について日々多くのお問い合わせが寄せられます。
この連載では、漢字についての様々なことを専門家である岩淵匡先生が書き留めていきます。
読めばきっと、正しいか正しくないかという軸ではなく、漢字の接し方・考え方の軸が身につくはずです。
毎月第2月曜日の掲載を予定しております。