漢字雑感

第11回 新字体と旧字体

筆者:
2016年2月15日

前回において、中国における簡化字の例を示した。日本語の場合で言えば、「漢」「書」「動」「楽」である。この4字のうち、日本語における、いわゆる新字体とかかわるものは、「漢」「楽」の2字で、「書」「動」の2字は、日本語では簡略な字体は示されなかった。新字体ではなく従来からのものである。

新字(左)と旧字(右)の例。上から「漢」「書」「動」「楽」

新字(左)と旧字(右)の例。
上から「漢」「書」「動」「楽」

中国のものと比べると、かなり大きな違いが見られる。どちらかというと、日本のものは、元の字形が、ある程度分かるような形に定められていると言ってよい。ただし、日本において、一つの基準として用いられてきた、『康熙字典』に登録されている字体とは異なる場合が少なくない。ここに、戦前までの時代と異なり、『康熙字典』の重要性が低下したと言ってよい。

ところで、日本における、現在の、いわゆる新字体は、「常用漢字表」(昭和56年10月1日内閣告示。平成22年11月30日に改定)および「表外漢字字体表」(平成12年12月8日国語審議会答申)とに提示されている。後者は、主として印刷用字体である。なお、字体については、「常用漢字表」および「表外漢字字体表」のそれぞれに字体についての解説が添えられているので、参照されたい。

また、旧字体と呼ばれるものがあるが、これは、今日のいわゆる新字体に対するもので、上記の二つの表に、新字体に併記されている。戦前において、康熙字典体と呼ばれてきたものでもある。

日常生活においては、新字体が用いられる訳であるから、旧字体については、特に重要というわけではないが、戦前までの社会においては、今日の旧字体が日常的に用いられてきたわけであるから、過去における文献等を読む際には、必要となる知識である。同時に、個々の漢字について、歴史的、系統的知識を必要とする場合には、新字体についての知識だけでは、不十分である。今日の文献のすべてが、新字体に書き改められたり、上記二表に含まれない漢字の使用が中止されない限り、戦前までの漢字は、人により、場合により必要になる。現代社会と無関係なのではなく、密接な関わりを持つ場合もないわけではない。たとえば、現在、国語施策は文化庁の管掌するところのものであるのに対して、「人名用漢字表」は、国語施策ではないため、法務省が管轄している。この表では、常用漢字表と人名用漢字表との漢字を使用することになっている。この結果、現在、人名に用いることの出来る漢字は2998字である(人名用漢字表に「巫」字が加わったために、2998字になった)。ちなみに、人名用漢字が定められた当初は、旧文部省管轄であった。それが後に法務省に移管された。

筆者プロフィール

岩淵 匡 ( いわぶち・ただす)

国語学者。文学博士。元早稲田大学大学院教授。全国大学国語国文学会理事、文化審議会国語分科会委員などを務める。『日本語文法』(白帝社)、『日本語文法用語辞典』(三省堂)、『日本語学辞典』(おうふう)、『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 本文編』『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 索引編』(ともに笠間書院)など。

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